言葉の風景へ ゆかりの地を歩く(3) 西村健「地の底のヤマ」=大牟田市 [福岡県]

宮原坑跡に立つ西村健さん。「戦前、ここでは囚人も働かせよった。この下に人が下りていきよったとやね」
宮原坑跡に立つ西村健さん。「戦前、ここでは囚人も働かせよった。この下に人が下りていきよったとやね」
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大牟田の繁栄を支えた三池港
大牟田の繁栄を支えた三池港
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「弱か者」の声くみ上げ

 昭和から平成へ、変ぼうする大牟田市を舞台にした大河ミステリー「地の底のヤマ」。作者の西村健さん(52)=東京都=は福岡市で生まれ、6歳で大牟田に移住した。街に生きる人、街そのものまでもが小説の中身のように濃密な地で、作家の創造力は育まれた。

 「ここで育ったけん、こげな人間になったんよ」。冗談めかしながらも、愛着のこもった声で語る。

 主な登場人物だけでも65人。全4部の物語で、警察官の鉄男が直面する事件と、三池炭鉱爆発事故の夜、何者かに殺された鉄男の父親の謎とが、時代のうねりとともに描写される。

 〈くすんでいた。相変わらず、海も空も。春霞(はるがすみ)のせいではない。少年時代からいつも見慣れた眺めだった〉

 1974年の大牟田で鉄男が眺めた、炭じんですすけていた街は、今は一転、抜けるような青空だ。

 「あんなにあった社宅が、もうどこも残っとらん」。帰郷中の西村さんと一緒に目にした臼井社宅跡(同市臼井新町)は、広大な敷地にぎっしりとソーラーパネルが並んでいた。暗い地底に下り、石炭を掘り出してきた人々の生活の跡地で、さんさんと降り注ぐ日光がエネルギーを生んでいる。どこか不思議な光景だ。

 鉄男が妻と眺めた宮原坑跡、街をぐるりと囲んだ三池鉄道跡、100年先を見据えて築港された三池港…。西村さんとたどりながら、いかに効率的に石炭を掘り出し、運搬するか、考え抜かれて構築された街だと見えてくる。「ようできとるやろ。もともとは湿地だったらしいけど、石炭が採れたがために、この街ができた」。産業都市に活力を吹き込んだのは、たくましく生きる人々の哀歓だ。

 「10円やきとりば食べたかっちゅうけん連れてきたよ」。小説にも出てくる老舗居酒屋「元禄」(同市本町)に場所を移した。

 作家を志し、東大在学中から新宿・ゴールデン街の「深夜+1」に出入りした。日本冒険小説協会会長の内藤陳が営むバーで、多くの作家と同じく、内藤の愛情のこもった叱咤(しった)激励に育てられた。

 労働省に入省したが4年で退職し、フリーライターを経て1996年にデビュー。執筆に5年かけた「地の底のヤマ」(2011年刊)は、爆発事故の起きた三川坑近くで暮らした親族など、当時を知る人の声を集めて描いた。

 「子どもの目では分からんかったことが、おっちゃんおばちゃんに話を聞いたり、書いたりするうち、あぁ、そうやったんかって」。焼酎を傾けながら、西村さんはつぶやく。

 旧労組と新労組の対立、暴力団の抗争、政治家の暗躍、有明海の密漁。闇にうごめく事件を、鉄男はもがきながら解き明かす。

 〈弱か者はいつまで経(た)っても、弱かまま。強か者によかごと使われて、歴史に封印されるだけたい〉

 小説の中でつぶやかれる言葉だ。西村さんは「弱か者」の声を解き放ち、小説の中にくみ上げた。

 地元のNPO法人大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブは2014年に小説ゆかりの地マップをつくった。酒場で西村さんと出会った警察官は「大牟田署に来る警官の教科書です」と笑ったという。

 東京に拠点を置きながら、夏と冬は必ず1カ月ほど帰郷する西村さん。「ここんとこ東京の小説が続いたけん、また書きたいとばってんね」。日々誰かと飲み交わすうち、またきっと、この街が西村さんに着想をもたらすだろう。

 ◆地の底のヤマ 1963年、三池炭鉱で爆発事故が起きた夜に、警察官が殺された。その息子の鉄男は、ある秘密を胸に抱えながら警察官となり、大牟田で起きるさまざまな事件や父の死の謎を追う。昭和から平成へ、激動の街の歴史と、力強く生きる人々の物語。

=2018/01/06付 西日本新聞朝刊(筑後)=

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