言葉の風景へ ゆかりの地を歩く(1) 中田永一「百瀬、こっちを向いて。」=久留米市 [福岡県]

ノボルたち4人が歩いた久留米市の中心商店街。モデルになった時代と比べ、店の顔ぶれは大きく変わった
ノボルたち4人が歩いた久留米市の中心商店街。モデルになった時代と比べ、店の顔ぶれは大きく変わった
写真を見る
西鉄久留米駅前で、まち旅で使った「旅のしおり」を手にする江川さん(右)と山本さん
西鉄久留米駅前で、まち旅で使った「旅のしおり」を手にする江川さん(右)と山本さん
写真を見る

変わる街・変わらない人

 〈僕にとっては猛毒だぞ。僕はもう弱くなってしまった。一人でいることが普通であたりまえのはずだったのに〉

 久留米市を舞台に、恋愛の切なさとほろ苦さを描いた青春小説がある。久留米市田主丸町出身の中田永一さんの「百瀬、こっちを向いて。」(2005年)。高校の片隅で、薄暗い電球のようにさえない男子生徒の相原ノボルが、ある事情から勝ち気な美少女、百瀬陽と付き合うふりをすることになる物語だ。

 田主丸を思わせる田園風景や、久留米の中心市街地が登場する。特に、ノボルと百瀬、ノボルの幼なじみの宮崎先輩と彼女の神林先輩の2組が“ダブルデート”する商店街周辺は印象的だ。16年には体験型観光プログラム「久留米まち旅博覧会」で、ゆかりの地を歩くツアーが実施された。

 そのツアーのルート選定や案内役を担った久留米大4年の江川浩之さん(22)、山本隼也さん(22)と小説を携え、市街地を歩いた。久留米シティプラザにほど近い六ツ門町から、小説の中で4人が訪ねた場所をさかのぼっていく。商店街、東町公園…。かつては買い物やそぞろ歩きの人が多く行き来した地区も、今、昼間の人出はまばらだ。

 「飲み会ではこの辺に来るけれど、友だちと遊ぶとしたら天神(福岡市)。小説の時代とは全く変わったんですね」と山本さん。ノボルたちが高校生だっただろう90年代後半、商店街には立ち寄れそうな書店やCD店、洋服店があった。だが、2003年に市郊外に大型商業施設が開業してから、そのような店は一つまた一つと姿を消した。

 〈久留米スカラ座という映画館に入り、次の回の入場をロビーでまちながら僕たちは話をした〉

 「まち旅で来たときは工事中だったけど、マンションが建っていますね」。江川さんがスカラ座の跡地を見上げた。2006年に休館後、NPO法人の手で一時再開されたが、08年に再び休館した。かつては中心市街地に数軒立ち並んだ映画館も、今はない。

 飲食店「甲子園三代目 あつい飯」に立ち寄った。ノボルたち4人が西鉄久留米駅の駅ビルで食べたお好み焼きの店「甲子園」は今、商店街の脇に移転していた。「久留米に帰省してくる子たちが『やっぱりこの味やね』って食べに来てくれるんよ」。内野博子さん(69)がレジ台でにっこりとほほ笑む。

 一緒に店を切り盛りする長男の大悟さん(41)はクリスマスイベントなど、熱心に地域おこし活動に取り組む。かつてとは、にぎわいの形は変わろうとも、ここに生きる人たちの熱い思いは変わらないのだ。

 最後は西鉄久留米駅のバスセンターに立つ。“ダブルデート”の終着地であり、4人の関係が変容していく通過点でもある。ノボルは、知るはずのなかった「恋」の高揚と苦しさを知り、成長していく。

 久留米駅の駅構内だけは、ほとんど変わらない。だからこそ、ここに立てば「故郷に帰ってきた」と強く実感させる。数年後、東京で大学生になったノボルも久留米駅へ戻ってくる。会いたい人がいる。

   ◇   ◇

 筑後各地を舞台にした小説たち。現在の姿を記者が訪ね、作品の味をかみしめ、言葉の風景を探ります。

 ◆百瀬、こっちを向いて。 学力、運動能力、容姿も凡庸で「底辺」を自認する高校1年のノボルは、兄のような存在の宮崎先輩から美少女・百瀬と付き合うふりをするよう頼まれる。ノボルはその依頼を受けるが、少しずつ勝ち気な百瀬にひかれていく。

=2018/01/04付 西日本新聞朝刊(筑後)=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]