筑後国主田中吉政しのぶ 柳川市で顕彰祭 真勝寺の記念碑除幕 [福岡県]

菩提寺の真勝寺に建立された記念碑と田中吉政公顕彰会のメンバー
菩提寺の真勝寺に建立された記念碑と田中吉政公顕彰会のメンバー
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 関ケ原の戦いの後、初代「筑後国主」として筑後地方一帯を治めた田中吉政(1548~1609)の顕彰祭が12日、吉政が眠る柳川市新町の真勝寺であった。埼玉や香川など県外からもゆかりの人が訪れ、約50人が遺徳をしのんだ。

 吉政は関ケ原の戦いで西軍の石田三成を捕らえ、32万5千石を得て1601年に柳川城に入った。有明海沿岸の潮止め堤防「慶長本土居」、柳川城と支城の久留米城を結ぶ街道「久留米柳川往還」、筑後川や矢部川の治水など、後の筑後の発展につながる社会基盤を亡くなるまでの短い治世で整備。「土木の神様」と称される。

 顕彰祭は田中吉政公顕彰会(荻島清会長)が2月18日の命日に合わせて毎年開催。今年は真勝寺山門前に建立した記念碑も除幕した。荻島会長は「NHK大河ドラマ誘致活動で立花宗茂公が話題に上るが、宗茂公に劣らぬ柳川の名君の功績も多くの人に知ってもらいたい」と話した。

=2018/02/13付 西日本新聞朝刊=

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