幻の「お城がすり」玄関に 小郡市の荒巻さん宅 大正期製作、来訪者迎える [福岡県]

「お城がすり」を見上げる荒巻久子さん。「いつも手を動かして働いて。よう作りなさったね」
「お城がすり」を見上げる荒巻久子さん。「いつも手を動かして働いて。よう作りなさったね」
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 明治初期から昭和30年代にかけて、嫁入り道具の布団(ふとん)地として親しまれた「お城がすり」。高い技術が必要で、現在ではあまり織られなくなった“幻の生地”を大切に飾っている家がある。小郡市大崎の荒巻勝信さん(78)と久子さん(74)夫妻宅の玄関。石垣にそびえた堂々たる城が来訪者を出迎える。

 生地を織ったのは勝信さんの母カヲルさん(1902年生まれ、享年90)。17歳で結婚する前の大正時代に織ったという。「家庭科の先生になりたかったそうだけど、お嫁に来られて…。すごく器用で、1日に1反織りよったって話していました」と、久子さんは振り返る。

 縦約2メートル、横約1・6メートルの生地は、反物5反を縫い合わせており、綿を詰めて布団として使われていた。完成図案を想定しながら糸をくくって防染し、ずれないよう正確に織らないと仕上げることはできない。勝信さんは「幼いころは立派なものとは思わず、これで寝よった」と笑う。

 1976年、本紙で「国宝級の織り技術 久留米にあった幻の名作」として、明治期のお城がすりの紹介記事が掲載された。写真を見た久子さんは「旗を掲げて、植木もあって。ほとんど同じ図柄」と気付き、以来大切に保管。10年ほど前に久子さんがタペストリーに作り替え、玄関に飾っている。

 久留米絣(がすり)技術保存会(久留米市)によると、破棄されたものも多く、一般家庭で保管されているお城がすりは珍しいという。同会では約40点を所蔵している。

 「家に来た人はみんな『わあ珍しい』と喜んでくれる」と夫妻。亡き母のぬくもりを長く受け継いでいく。

=2018/02/24付 西日本新聞朝刊=

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