大正末から昭和初期、城島の酒蔵往時の絵画 大牟田で発見、久留米市購入 舟運や大川鉄道、酒どころの活況描く [福岡県]

大正から昭和初期とみられる酒蔵の絵画
大正から昭和初期とみられる酒蔵の絵画
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比翼鶴に伝わる絵画。見つかった絵と似たような構図だ
比翼鶴に伝わる絵画。見つかった絵と似たような構図だ
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 大正時代末から昭和初めごろ、旧青木村(現久留米市城島町)の酒蔵を描いた絵画が、大牟田市の古書店で見つかり、久留米市が購入した。良質な米と筑後川の恵みで酒どころとして栄え、最盛期には10社超の酒蔵があった城島町。市文化財保護課によると、絵には酒を出荷する舟運や廃線となった鉄道もあり、当時の活況がうかがえる貴重な資料という。

 絵画は縦68・5センチ、横102センチ。画面左下には「銘酒清波 酒造元 江頭本店」と記されている。町誌などによると、江頭本店は江戸後期の1829年に創業した町内でも老舗で、戦後しばらくして廃業した。絵には酒蔵から筑後川に係留された帆船に馬が台車を引いて荷を運ぶ様子や、天日干しした醸造用のたるが描かれている。

 画面奥には、筑後川の舟運で大分県日田市から材木が集まった若津港(大川市)と久留米を結ぶ大川鉄道(1951年に運休、後に廃止)の姿も。機関車、木材を積んだ貨車、客車と細かい部分も写実的に表現している。白木守課長補佐は「往時の酒蔵と陸上、河川交通の様子が伝わり、酒造り唄(うた)が聞こえてくるような雰囲気がある」と語る。

 作者は不明だが、アルファベットで「カワチ アトリエ」のサインがあり、現在町内で営業する三つの酒蔵の一つ、比翼鶴(城島町内野)にも同じサインが記された絵が伝わる。二ノ宮啓克社長(76)は「当時、何かの記念や取引先に店を紹介するため、絵を描かせるのが流行したようだ」。白木課長補佐も「宣伝や酒蔵の看板代わりに画家に発注したのではないか」と推測する。

 市は夏にも産業と交通をテーマにした企画展を計画しており、絵を公開する予定。

=2018/05/15付 西日本新聞朝刊=

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