祖父はニューカレドニア日系移民 孫がルーツ探し、小郡へ クリスさん「墓見つけ参りたい」6日まで滞在 [福岡県]

祖父の遠い親戚にあたる荒川美佐子さん(左)と出会った
祖父の遠い親戚にあたる荒川美佐子さん(左)と出会った
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祖父の写真を手にするクリスさん
祖父の写真を手にするクリスさん
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高松茂さん
高松茂さん
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 会ったことのない祖父の手掛かりを見つけたい-。こんな思いを胸に、フランス領ニューカレドニア出身のクリス・グラヴィナさん(38)は6日まで県内に滞在する。祖父の高松茂さんは小郡市福童出身。ニューカレドニアの日本人移民だったが太平洋戦争で1942年にオーストラリアの収容所へ送られ、日本に強制送還された。限られた資料をたどり11月29日、遠い親戚は見つかった。しかし墓は分からず、場所を探している。

 クリスさんは今年9月、オーストラリアがネットで公開している軍資料の戦時強制収容者名簿の中から茂さんの名前を見つけた。そこには「小郡村東福童」とあり、出身地が分かった。

 茂さんは1891(明治24)年、父種吉さんと母コメさんの間に生まれた。1914(大正3)年、ニッケル鉱山で働くためニューカレドニアへ渡った。内縁の妻となるルイザさんと出会い、島中部のナケティという町で雑貨店を営んだ。3男4女の子どもに恵まれ、41年に生まれた末娘イレーヌさん(77)がクリスさんの母親だ。だが真珠湾攻撃後、日本人は「敵性外国人」として強制収容された。家族は引き裂かれた。

 「祖父が日本人であるということはタブーでした。過去について家族が話すことはなかった」。日系移民を囚人視する風潮は根強く、功績の再評価が始まったのはここ10年ほどという。

 クリスさんは幼いころ、母親の顔が日本人に似ていること、そして自分もまた周囲の人々とやや異なる顔立ちだと感じたという。「祖父は日本人だと、母が教えてくれました」。クリスさんは祖父の言葉を学ぼうと中学、高校、大学で日本語の授業を選択した。

 現在はフランスの医療機器メーカーに勤めるクリスさん。「祖父から私まで100年の歴史がある。家族の誰も調べなかったけれど、私はルーツを知りたい」と一念発起し、休暇を取って26日に福岡入りした。

 イレーヌさんの出生証明書などを小郡市役所に提出し、戸籍謄本を取得。そこには茂さんが福童の実家に戻り、49年9月に亡くなったこと。コメさん方の実家荒川家がみとり、死亡を届け出たとあった。

 11月29日、クリスさんは地元区長の協力を得て、2軒の荒川家を訪問。3代前までさかのぼればコメさんの兄弟に当たることが分かった。コメさんの兄弟の子孫に嫁いだ荒川美佐子さん(80)は「全然知らなくてびっくり。家族が増えてうれしい」と笑顔で迎えた。

 だが高松家のつながりや墓の場所はまだ分からない。「海を越え、ここまで来られただけでも幸せ。でもお墓参りができたら」。家族の歴史の空白を、少しでも埋めようとしている。

=2018/12/01付 西日本新聞朝刊=

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