ミカン苗木生産 日本一 久留米市田主丸町 全国シェア77% 愛媛など主要産地に出荷 [福岡県]

育成中のミカン苗木を手に「思い通りの苗ができるとうれしい」と語る古賀さん
育成中のミカン苗木を手に「思い通りの苗ができるとうれしい」と語る古賀さん
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台木となるカラタチ
台木となるカラタチ
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田主丸町内に立つ「植木苗木発祥の碑」
田主丸町内に立つ「植木苗木発祥の碑」
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 久留米市が昨年作成した農産物のPR動画「くるめさん、ぐるめさん」に、久留米で生産されるコメや野菜、フルーツ、花き類に加えて、苗木が登場する。中でもミカン(かんきつ類)の苗木は、愛媛や和歌山など全国の主要産地に出荷され、生産量は日本一を誇る。苗木生産が盛んな市内の田主丸町を訪ねた。

 農林水産省の統計によると、かんきつ苗木の都道府県別生産量(2018年供給可能量)は、福岡県が238万本(全国シェア77%)と最も多く、2位の和歌山県(25万6千本)、3位の愛媛県(7万8千本)を大きく引き離す。福岡県苗木農業協同組合によると、生産者は田主丸町内に約70戸。ミカンを中心に柿やキウイ、クリなど多品種を生産する。かんきつ苗木の栽培面積は26ヘクタールに及び、県内生産の大部分が田主丸産という。

 ミカンの苗木は、ミカンの種子から育てるのではなく、土台となる「台木」に「穂木(ほぎ)」と呼ばれるミカンの枝を接ぎ木する方法で栽培される。接ぎ木をした苗木の方が、収穫までの期間が短く、果実の品質向上にもつながるのだ。台木には同じかんきつ類のため親和性が高く、病気や寒さに強いカラタチが用いられる。

 田主丸の苗木生産の歴史は300年を超える。久留米藩が藩財政を立て直すため、ハゼの栽培を奨励したことに始まるとされる。明治期に入ると、スギやヒノキといった山林苗の需要が増え、ミカン苗木は1887(明治20)年に山口県から夏ミカンの穂木が持ち込まれたのを機に広がった。

 温暖な気候や豊かな土壌に加え、先人たちのたゆまぬ技術改良の努力により、苗木の一大産地へと成長した。町内には「植木苗木発祥の碑」が立つ。

 若手生産者の古賀繁喜さん(39)の苗木畑では、大人の腰の高さに育ったカラタチとミカン苗木が広がっていた。出荷までには台木の栽培を含めて3~4年かかる。以前は接ぎ木をして1年たった「1年生」の苗木が多かったが、最近はミカン農家の高齢化が進んでいることもあり、より手間のかからない「2年生」の需要が増えているという。

 「お客さんから今年も良い苗やったよ、と言ってもらえることが次の励みになります」と古賀さん。接ぎ木を含めて多くは手作業。負担軽減や品質の改善を図ろうと、若手で研究会をつくり、機械の導入や肥料、農薬の開発などに取り組んでいるという。

 一般消費者にあまり知られていないが、スーパーや青果店の店頭に並ぶミカンの多くは、田主丸にルーツがある。田主丸産の苗木は全国のミカン産地にとって欠かせない存在なのだ。

 県苗木農協副組合長の藤原陽一さん(58)は「日本一だからといって安心せず『ミカン苗は田主丸』と言われ続けるためにも、伝統を生かしながら新しい技術を積極的に取り入れていきたい」と話す。

=2019/01/22付 西日本新聞朝刊=

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