青木繁旧居、来館10万人へ 観光名所に成長 地域住民の草の根運動から [福岡県]

青木繁旧居保存会の会員たち。温かな笑顔で来館者を出迎える
青木繁旧居保存会の会員たち。温かな笑顔で来館者を出迎える
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青木繁旧居に置かれた肖像写真の横には「海の幸」に見入るオランジュリー美術館の来館者の写真が飾られている
青木繁旧居に置かれた肖像写真の横には「海の幸」に見入るオランジュリー美術館の来館者の写真が飾られている
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青木繁旧居の「海の幸」のレリーフは、この絵が描かれた千葉県館山市布良の「小谷家住宅」でも同じものが飾られている
青木繁旧居の「海の幸」のレリーフは、この絵が描かれた千葉県館山市布良の「小谷家住宅」でも同じものが飾られている
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青木繁の絶筆「朝日」の複製画の横に、野口晃一さんが「房総の風を届けます」と千葉から久留米に送った花が飾られていた
青木繁の絶筆「朝日」の複製画の横に、野口晃一さんが「房総の風を届けます」と千葉から久留米に送った花が飾られていた
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 久留米市荘島町の青木繁旧居が2002年の開館以来、間もなく来館者10万人に達する。少年期の青木が過ごした家だ。地域住民から始まった草の根の活動が、この地を観光名所へと成長させた。保存運動を担い、開館後は市から管理を委託されている青木繁旧居保存会の人々に話を聞き、歩みをたどった。

 「青木繁のおやじさんとうちのひいじいさんが1歳違い。『向かいにはえらい絵描きがおったげなばい』と母が話すのは聞いたけど、青木のことはよく知らなかったんですよ」。旧居そばに暮らす大久保斐雄(あきお)さん(88)は振り返る。

 1890年に青木の父がこの土地を買い取り、青木繁は17歳で上京するまで暮らした。1911年に28歳で逝去するまで、たびたび帰省もしている。その後人手に渡って増改築が繰り返され、最終的には月星化成(現ムーンスター)の社宅として利用されていた。「青木の旧居と知って訪ねてくる人もいて、社宅の奥さんが家の説明をしたそうです」と坂井和雄さん(71)。狭い路地に家々が立ち並ぶ、昔ながらの住宅街で旧居は守られてきた。

 転機は98年頃。老朽化で解体の話が持ち上がった。「大切な文化の象徴なのに」「何とか残せないか」。地元から口々に声が上がった。荘島町に実家があり、当時会社勤めだった保存会の荒木康博会長(69)は、事務局役として声がかかった。「残すためにはお金が要る。募金活動をするからには市を挙げての協力がなくては」。市や財界、文化団体などを回って参加を呼び掛け、2000年に保存会が発足した。

 活動にも工夫を凝らした。街頭募金を呼び掛ける子どもに「空き缶を持たせるのはしのびない」とオリジナルの竹筒を持たせた。当時地元子供会の会長で、募金に子どもたちを連れていった森光宏さん(65)は「僕らは青木繁と同じ町内に住んでいる。誇らしいですよ」とほほ笑む。

 遂に02年、募金も原資として、明治当時の間取りを再現した旧居が開館。保存会は月曜以外の連日、スタッフとして来館者を出迎える。青木の生涯や絵の逸話など細やかな解説が好評だ。近年は海外からの観光客も。「到此一遊(ここに来ました)。Good!」。来館者ノートにはマレーシア、シンガポール、中国などの言葉も記されている。

   ◇    ◇

 来館者とのつながりから生まれた新たな展開もある。「ここに絵はないの?」という来館者のつぶやきから、保存会は青木の原寸大複製画を制作し、室内に展示するようになった。資金は管理委託費を充てたため、スタッフはほぼボランティアだ。「ご近所の住民だからできる」と荒木会長は胸を張る。

 「二人の少女」(笠間日動美術館蔵)の複製画にはエピソードがある。閉館時間に戸締まりをしていた山口秀子さん(72)の元に、「道に迷って…」と駆け込む人がいた。快く旧居を開け案内すると、同美術館の総務部長と判明した。「ぜひ複製画を作って飾らせてほしいと頼みました」。それまで石橋美術館(現市美術館)蔵ばかりだった複製画に新たな彩りが加わった。現在計12枚を展示する。

 17年、旧居の青木の肖像写真の隣に、同年パリ・オランジュリー美術館で展示された「海の幸」の写真が加わった。撮影したのは千葉市で写真館を営む野口晃一さん(76)。「青木の先進的な表現を明治画壇は評価しきれなかった。青木は洋行する人々がどんなにうらやましかったでしょう。『海の幸』がパリでこれほどの人に喜ばれたと、写真で伝えてあげたかった」

 野口さんは10代のころから青木を慕う筋金入りのファン。青木が「海の幸」を描いた千葉県の布良(めら)に毎月足を運び、16年からは久留米の旧居もたびたび訪問するようになった。「あんなに熱心に人を歓待してくれる記念館を私は知りません。保存会の皆さんあってこその来館10万人ですよ」

 荒木会長は、小学校の子どもたちがスケッチした「海の幸」の束をめくりながら、目を細める。「この絵は20年先もここに残すから、いつでも見においでと言っているんです」。幼い青木も駆け回っただろうこの地で、これからも語り継ぐ。

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 23、24日午前10時~午後5時、草月流中野松芳社中による「第14回青木繁旧居花展」。初日に来館10万人記念行事を開く。

=2019/03/16付 西日本新聞朝刊=

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