ゴッホをまねして… 葦ペン 筑豊絵巻 画家・諸藤浩之さんに聞く(1) [福岡県]

飯塚市・忠隈のぼた山のスケッチ。今では木々に覆われているが、40年前のぼた山は「緑」ではなかった=1976年1月10日作(諸藤浩之さん)
飯塚市・忠隈のぼた山のスケッチ。今では木々に覆われているが、40年前のぼた山は「緑」ではなかった=1976年1月10日作(諸藤浩之さん)
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諸藤浩之さんが長年描き続けるのが、遠賀川とぼた山、飯塚市街地が構図に収まるこの風景。スケッチの絵は30分ほどで描いた
諸藤浩之さんが長年描き続けるのが、遠賀川とぼた山、飯塚市街地が構図に収まるこの風景。スケッチの絵は30分ほどで描いた
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 福岡県飯塚市の葦(あし)ペン画家、諸藤浩之さん(93)は筑豊ゆかりの自然や街並み、著名人などを描き続けて60年になる。2万5千点近いという作品の数々は、シンプルな筆致の中にどこか郷愁を誘う魅力がある。7日からは嘉穂劇場(同市)で90回目の個展も開催。諸藤さんと葦ペン画を通して、筑豊の今昔をたどる。

   ◇   ◇

 大正13(1924)年3月23日、福岡県山門郡三橋町(現柳川市)に生まれ、ほどなく飯塚市幸袋に移りました。両親と、私を含めて6人きょうだいの家で育ちました。お芝居、映画、歌が好きで、絵は小さいときから描いていました。

 中央大(東京)に在籍中の1945年1月に歩兵の補充隊に入隊し、兵役を終えて大学卒業後、県立嘉穂東高(飯塚市)の教諭になりました。教師として7年たった32歳のころ、結核になった。症状は軽い方でしたが、篠栗町の教員保養所では半年間、病棟から出られず。許可が出て、久しぶりの散策で見つけたのが葦だったんです。オランダの画家ゴッホが葦ペンでデッサンしたセミの絵があります。小品ながら見事なタッチ。私もまねした。それが、私と葦ペンの出合いです。

 葦ペンは、葦の茎を削ってペン先の真ん中に小さな割れ目を入れてインクに「含み」を持たせます。エッジ(鋭角)によっていろんな線が出る。かすれ、線の強弱。60年前はまだ葦ペンを使っていた人はほとんどいなかったけれど、今は全国に愛好家がいます。新聞社やNHKの文化サークルで200人近くを教え、今も自宅アトリエで数人を指導しています。

 飯塚のぼた山や香春岳(香春町)の風景、街並み…、知り合いだった伊藤英子さんとの縁で嘉穂劇場で役者も描きました。九州各地、東京や沖縄といろんな場所で絵を描きました。正確に把握していませんが、絵は2万5千点近いと思います。今も1日1枚は描いていて置く場所に困ります。7日から90回目の個展を嘉穂劇場で開きます。(今回のインタビューでは)作品を描いたときの思い出や時代、出会った人たちのことも話したいと思います。

=2017/04/05付 西日本新聞朝刊(筑豊版)=

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