元飯塚美術協会会長 石橋伯郎氏が死去 [福岡県]

2003年ごろの石橋伯郎氏
2003年ごろの石橋伯郎氏
写真を見る

 元飯塚美術協会会長の石橋伯郎(いしばし・みちお)氏が21日午後1時33分、胸腺腫(きょうせんしゅ)のため飯塚市の病院で死去した。83歳。久留米市出身。通夜は23日午後6時から、葬儀・告別式は24日午後1時から、飯塚市新立岩19の2の善光会館飯塚会場で。喪主は妻育子(いくこ)さん。

 遺族によると、1956年から95年まで小中学校の教員を、2011年から14年までは同協会の会長を務めた。

■他界前日まで「春には出展」 筑豊の美術関係者から悼む声

 飯塚市の中学校などで美術を教え、飯塚美術協会の会長として筑豊地区の芸術の発展に尽力した石橋伯郎氏が21日に死去したことを受け、ゆかりの人たちから悼む声が上がった。

 「春の展覧会までに治して出展しようかな」。同協会の現会長、原田敏規さん(65)は、石橋さんが亡くなる前日の20日、病院でこう言葉を掛けられた。「生真面目で協会のために一生懸命動く方。最後まで意欲を持ち続けていた」と悔やむ。

 前田川市美術館館長の松岡英明さん(87)は、20歳ごろから美術団体「二紀会」への出展を続け、同時期から出展していた石橋さんと親しくなった。「同年代として切磋琢磨(せっさたくま)していた。ショックです」と話した。

 教員生活は約40年。飯塚東小教頭も務めた。20年以上親交がある織田廣喜美術館(嘉麻市)職員の有江俊哉さん(50)によると、2012年には、中学校の教え子たちが喜寿祝いに石橋さんの個展を開き、準備する教え子たちをうれしそうに見ていたという。「後進の教育に力を入れていた石橋さんの遺志を受け継いでいきたい」と誓った。

=2018/01/23付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]