「女性」「地域」先頭で奔走 小野山とし子さん死去、100歳 飯塚商議所に女性会設立 [福岡県]

全国商工会議所女性会連合会から特別功労者表彰を受け、祝賀会で花束を贈られる小野山さん(右)=2007年1月
全国商工会議所女性会連合会から特別功労者表彰を受け、祝賀会で花束を贈られる小野山さん(右)=2007年1月
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飯塚市に寄贈した柳原白蓮の直筆の掛け軸が旧伊藤伝右衛門邸に飾られ、そばで見つめる小野山さん=2007年7月
飯塚市に寄贈した柳原白蓮の直筆の掛け軸が旧伊藤伝右衛門邸に飾られ、そばで見つめる小野山さん=2007年7月
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飯塚市本町の緑道公園にブロンズ像を寄贈し、除幕式に臨む小野山さん=2002年2月
飯塚市本町の緑道公園にブロンズ像を寄贈し、除幕式に臨む小野山さん=2002年2月
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 飯塚商工会議所女性会名誉顧問の小野山とし子さんが31日、飯塚市内の病院で亡くなった。100歳だった。小野山さんは飯塚市内で酒店経営の傍ら、1958年に同商議所女性会の前身である「飯塚商店主婦の会」設立に携わるなど、女性の地位向上や地域発展のため、精力的に活動を続けた。

 「飯塚商店主婦の会」は、県内の商議所では初の女性組織とされる。小野山さんは94年度から2006年度まで同商議所女性会会長を務め、名誉会長を経て、14年度に名誉顧問。「全国商工会議所婦人会連合会」の設立を呼び掛け、「婦人会」から「女性会」への名称変更も提案した。

 小野山さんの発案で1971年に始まった飯塚商議所女性会主催「観月チャリティーパーティー」は、飯塚市長や経済界、団体関係者ら約500人が親睦を深める恒例行事。収益金は飯塚市に寄付してきた。市の男女共同参画推進の団体立ち上げなど、行政にも積極的な働きかけを続けた。

 85年に労働大臣表彰、01年に勲六等宝冠章、06年には全国商工会議所女性会連合会の特別功労者表彰を受けた。

 小野山さんの家族によると、2年ほど前から飯塚市内の介護施設に入所していたという。

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 小野山さんの通夜は2日午後6時から、葬儀は3日午後1時から飯塚市菰田西3の17の8、筑豊葬祭飯塚本社斎場で。喪主は長男昌彦(まさひこ)氏。

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■「行動力あり、気遣いの人」

 飯塚商工会議所女性会名誉顧問の小野山とし子さんの死去を受け、関係者からは悼む声が相次いだ。

 同女性会の大谷香里会長(56)は「九州の商議所女性会連合会の設立にも関わるなど、行動力と決断力があった」と振り返った。昨年5月の会長就任後、「頑張ってね」と優しく声をかけられたことが忘れられないといい、「女性会や飯塚のために尽力していただいた。残念でならない」と肩を落とした。

 長年交流があったという田川商工会議所女性会名誉会長の谷口寿美子さん(86)は「女性会の講演会を開く際、飯塚と田川で協力しあった。とにかく活発で交流も幅広く、気遣いの人だった」。

 小野山さんは、旧伊藤伝右衛門邸の保存運動にも関わった。飯塚市職員として、共に活動した梶原善充副市長は「統率力があるだけでなく、常に周りに気を配る人だった。市の文化事業に貢献していただいた」と話した。

 飯塚商議所の麻生泰会頭は女性の社会進出、同市の芳雄橋の架け替え、白蓮の歌碑の建立など功績を挙げ「こよなく飯塚を愛し、純粋で、積極的で、損得もなかった。女性のリーダーにとどまらず、その活動は誰もが認めていた」とコメントした。

=2019/02/01付 西日本新聞朝刊=

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