「東京五輪セール」のプレート見つかる 教科書販売業寺本さん宅から 半世紀前の販促?機運盛り上げ?…謎 [福岡県]

プレートを持つ寺本宗俊さん
プレートを持つ寺本宗俊さん
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寺本さんの父、敬治さん
寺本さんの父、敬治さん
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 行橋市上津熊、教科書販売業寺本宗俊さん(67)宅から、1964年の東京五輪開催ごろに、全国の商店が展開したとみられる商品セールのプレートが見つかった。かつて市内中心部で楽器・教科書販売店を営んでいた父が大切に保存していたものだ。終戦から復興した日本での東京五輪を盛り上げるために、行橋市でも販売促進の動きがあったのか。プレートの制作者はだれだったのか。その背景は…。当時の行橋市を振り返りながら探った。

 寺本さんによると、プレートは約10年前に亡くなった父敬治さんの遺品整理で見つかった。「オリンピック協賛全国セール オリンピック協賛全国商店協議会」とプラスチックにカラーで記され、五大陸の連携を5色(青、黄、黒、緑、赤)の輪を重ねて結んだ五輪シンボルも描かれていた。

 「店内にプレートがあったことは覚えている」。50年以上も前、敬治さんは行橋市大正町(現・同市中央3丁目)で楽器店「晴天堂楽器店」を営み、寺本さんは小学校高学年-中学生だった。

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 この頃の行橋市はにぎやかだった。「行橋市制50周年記念 ふるさと写真集」(2004年、同市発刊)などによると、JR行橋駅東口には「魚町銀座商店街」や「市場通り商店街」(現えびす通り銀天街)などの商店街が林立した。

 中でも魚町銀座商店街では、百貨店「ショッピングデパート相互」(1964年開店、99年閉店)が中心を占めた。東京五輪開催の歓喜の中で、同市や近隣の自治体から多くの買い物客が訪れた。

 「自分の店のほかにもプレートを置いて商品を売っていた店があったはずだ」と寺本さん。

 地元の歴史に詳しい美夜古(みやこ)郷土史学校(行橋市)の山内公二事務局長(77)は「初めて聞いた。当時をしのぶ資料とは思うが、このころを知る人は少なくなっている」と語る。

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 くしくも、9日に平昌(ピョンチャン)冬季五輪(韓国)が開幕し、2020年夏には56年ぶりの東京五輪が開かれる。

 市内の商店街は当時と違い、商店主の高齢化や大型商業施設の進出で、今はひっそりと営業を続ける。

 寺本さんは「プレートは東京五輪を控えて、全国の商店主らが結成した協議会が呼び掛けて、販売促進を狙ったのか。でもどんな組織がプレートを作ったのだろう」と疑問が湧いたという。現在、プレートの謎の解明を目指して取材を続行中。続報は後日のお楽しみ。

=2018/02/03付 西日本新聞朝刊=

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