「黒田二十四騎」の一人 竹森次貞子孫の墓が若松に 惣牟田集落守り継ぐ 神奈川大名誉教授ら調査 [福岡県]

惣牟田集落で行われた墓の現地調査
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墓石には「竹森九右衛門政直」と刻まれている
墓石には「竹森九右衛門政直」と刻まれている
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 福岡藩祖黒田官兵衛(如水)と初代藩主長政の父子を支えた精鋭家臣団「黒田二十四騎」の一人、竹森次貞(たけのもりつぐさだ)(1550~1621)の子孫の墓が若松区の山間部・惣牟田集落に現存していることが、神奈川大の田上繁名誉教授(日本近世経済史)らの調査で分かった。地元では「殿様の墓」と伝わり、今も大切にされている。田上名誉教授は「竹森家と地域の関係をひもとく貴重な史料になる」と話している。

 播磨(兵庫県南西部)出身の次貞は父子に付き従い、毛利氏との合戦や豊臣秀吉の朝鮮出兵などで活躍。黒田家の旗をあずかる「旗奉行」に任命され、黒田家の筑前入国後に2500石を拝領した。

 惣牟田集落の山中にある墓石(高さ約90センチ)は「竹森九右衛門政直」と刻まれ、江戸中期の年号「宝暦(1751~64年)」が記されている。そばには家族のものとみられる墓石もある。墓は住民が草を刈り、維持管理している。集落に近い小石本村地区には、次貞の子、貞幸の供養塔があり、田上名誉教授によると、政直は貞幸の兄弟の子孫という。

 田上名誉教授は若松区出身。地元の農村地帯の歴史調査をする中で、惣牟田集落を調べていた。今後は、小石本村地区と惣牟田集落、竹森家に残る文書などの史料を付き合わせ、竹森家と若松区との関わりや当時の人々の暮らしぶりなどをひもとく考え。

 田上名誉教授は「墓は惣牟田集落だけでなく、若松という地域の歴史を知る上で、貴重な史料になる。集落の住民の手で、現代まで墓が守り継いでこられたことは素晴らしい」と話している。

=2018/04/08付 西日本新聞朝刊=

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