不戦平和の誓い新た 八幡大空襲慰霊行事 [福岡県]

慰霊塔に手を合わせる人たち=8日午前6時20分ごろ、八幡東区の小伊藤山公園
慰霊塔に手を合わせる人たち=8日午前6時20分ごろ、八幡東区の小伊藤山公園
写真を見る
被爆者の証言を朗読するグループと静かに聞き入る参加者たち=8日午前10時50分ごろ、八幡東区の祝町市民センター
被爆者の証言を朗読するグループと静かに聞き入る参加者たち=8日午前10時50分ごろ、八幡東区の祝町市民センター
写真を見る

 約2500人が死傷した八幡大空襲から73年となる8日、北九州市八幡東区で犠牲者の慰霊行事や、平和を考える催しがあり、参加者たちは「不戦平和」の誓いを新たにした。

 八幡大空襲は1945年8月8日、米軍爆撃機B29が現在の同区を中心に行った攻撃。目標は製鉄所従業員と家族が多く暮らす住宅街だったとされ、焼け野原が広がった。

 避難した300人以上が死亡した防空壕(ごう)があった小伊藤(こいと)山公園(尾倉)では8日早朝、立正佼成会小倉教会が犠牲者の慰霊供養を行い、20人ほどが慰霊塔に手を合わせた。同教会皿倉山支部の飯干容子支部長(67)は、子どもをおんぶしたまま窒息死した母親の写真に胸を痛めた。飯干さんは「犠牲の上に平和があることを忘れてはいけない」と静かに語った。

 慰霊塔には、花尾小(祇園)の全児童574人や熊西中(八幡西区山寺町)の全生徒320人がそれぞれ折った千羽鶴が「過ちは繰り返しません」などと誓う言葉とともにつるされていた。両校は毎年、千羽鶴をささげているという。

 公園では例年、空襲を体験した男性が発起人を務める慰霊祭も開かれてきたが、昨年秋、84歳で亡くなった。関係者は「中心人物が亡くなり、今年は中止した」と打ち明けた。

 空襲でなくなった1800ほどの無縁仏を供養する谷口霊園(高見)でも同日夕、殉難者慰霊祭があり、約50人が出席した。住民グループ「故郷の歴史を守る会」が主催。安部浩次会長(86)は空襲から2日後、列車の中で八幡の惨状を目の当たりにした。「水道管の破裂であふれ出た水が、焦土の熱で水蒸気となり、白い煙が立ちこめる地獄絵だった。悲惨な歴史を風化させてはいけない」

   ◆    ◆

 祝町市民センター(宮の町)ではこの日、広島と長崎で被爆した人々の証言を読み語るグループ「たんぽぽのわたげ」のメンバー3人が朗読を披露。「とてつもなく眩(まぶ)しい光がひかり、私はそのまま吹き飛ばされました。気がつくと体中から血が流れ、頭、手、足、胸などに大きなけがをしていました」などと語り、会場には目を閉じて聞き入る人の姿があった。

 平野市民センター(桃園)では「北九州平和音楽祭」があり、大学生が太鼓を披露するなどして、参加者たちは音楽を通して平和の大切さをかみしめた。

=2018/08/09付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]