「松永文庫」松永武さんお別れの会 情熱振り返り「資料生かす」 [福岡県]

松永武さんの写真の前に献花するお別れの会の参列者
松永武さんの写真の前に献花するお別れの会の参列者
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 映画のポスターや雑誌など約5万点を所蔵する市立映画資料室「松永文庫」(門司区)の室長を務め、10月14日に83歳で死去した松永武さんのお別れの会が27日、文庫が入居する「旧大連航路上屋」であった。交流のあった約200人が参列し、地域の文化を支えた松永さんの情熱的な人柄をしのんだ。

 冒頭で、松永さんが文庫創設の経緯を語る映像を上映。若いころ、ぜんそくで映画撮影所での仕事を諦めた後、精力的に資料集めを始めたことを紹介した。

 会を主催したボランティア団体「松永文庫サポーターくらぶ」の秀一生代表(58)が「熱い情熱とユーモアがあり、多くの人に慕われた。突然の別れで残念」とあいさつ。北橋健治市長は「ポスターや雑誌で、時代の空気感を伝えてくれた。文庫を大事に、盛り上げていきたい」と弔辞を読み、参列者は松永さんの写真の前に献花した。

 文庫は1997年、松永さんが自宅に創設。2009年に市立の施設となり、13年に現在地に移った。「松永文庫なら大事にしてくれる」と、古い資料の寄贈が絶えない。

 昨年10月、故高倉健さんの映画ポスターや写真計約250点を寄贈した岡山市の柿内信吾さん(67)も駆け付けた。「健さんの命日の11月10日に、またお会いできると思っていた。亡くなるなんて考えていなかった」と惜しんだ。

 松永さんは亡くなる直前まで、病室のベッドで新しく寄贈されるポスターを眺め、妻の惠子さん(82)の腕の中で息を引き取った。会話はできない状態だったが、目はしっかり動いていたという。参列者を見送った惠子さんは「松永は『資料を死なせてはいけない』とよく言っていた。若い人が違った見方で、資料を生かしてくれたらうれしい」と話した。

=2018/11/28付 西日本新聞朝刊=

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