老舗呉服店、90年の歴史に幕 元公務員の2代目「やり切った」 [福岡県]

創業約90年の「中川呉服店」を半世紀に渡って守った2代目の中川紘一さん
創業約90年の「中川呉服店」を半世紀に渡って守った2代目の中川紘一さん
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 創業約90年の老舗「中川呉服店」(小倉北区砂津2丁目)が近く、店を閉めることになった。2代目の中川紘一さん(78)は父の急死を受け、北九州市役所を退職して後を継ぎ、商売や和服の知識を一から身に付けながら約50年間店を守った。世間の着物離れや自身の体調不良などで閉店を決めた中川さんは「『閉めないで』と言ってくれる人もいる。お客さんには感謝しかない」と話している。

 父の富次さんが小倉で呉服店を持ったのは1928、29年ごろ。50年代前半に現在地を拠点とした。当時、一帯は「朝日市場」「朝日通り」といい、食品や日用品が何でもそろう商店街。着物を日常的に着た時代で、店は多忙を極めた。

 中川さんは63年、5市合併で誕生した北九州市役所に「1期生」として入庁。区政や人事部門を経験した。転機は70年。富次さんが心筋梗塞で亡くなり、店を継ぐことに。「父は私に継がせるつもりはなかったし、私も市役所を辞めたくなかったけど、親孝行と思い決心した」と振り返る。

 役所とは全く勝手が違う自営業。寝る間を惜しんで勉強する日々が続いた。客の注文を受けて反物を仕立職人に預け、仕上がった着物を客に届けるまでが仕事。宗像市や行橋市まで車で駆け回った。

 「呉服は信用が第一」を信条に、本場の京都で自ら反物を買い付けたことも多い。親子2世代の客もいるが、最近は日常生活で着物を着る場面が減り、同業者の廃業も増えた。

 2000年、一緒に店を支えた妻の佐喜子さんが58歳で死去。自身の体には17年、初期の肺がんが見つかり、手術を受けた。体力の低下もあり、閉店を決断。中川さんは「『他の店に入りにくいから困る』と言ってくれる人もいる。残念だけど、やり切ったと思う」と話す。現在、在庫品の整理に入っており、遅くとも本年度中には歴史に幕を下ろす。

=2019/01/09付 西日本新聞朝刊=

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