【街 みらい】コレット閉店 生粋の小倉っ子、街の顔と歩み 案内所の川本光代さん [福岡県]

最終日のインフォメーションに立つ川本光代さん
最終日のインフォメーションに立つ川本光代さん
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2階正面玄関のシャッターが下りる中、最後まで頭を下げるコレットの従業員たち
2階正面玄関のシャッターが下りる中、最後まで頭を下げるコレットの従業員たち
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「感謝」の文字が掲示された入り口ドア前で開店を待つ買い物客たち
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開店と同時ににぎわいを見せる店内
開店と同時ににぎわいを見せる店内
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 小倉の「街の顔」として親しまれたJR小倉駅前の商業施設コレットが28日、約11年間の営業に幕を下ろした。入り口近くのインフォメーション(案内所)を担当する川本光代さん(39)は、万感の思いで最後の一日に臨んだ。別れを惜しむ買い物客で、終日にぎわいを見せる店内。2008年の開業からコレット勤務一筋で、多くの出会いがあったという川本さんは、閉店時の従業員一同のあいさつで涙を流した。「お客さまとの出会いは宝物のような経験だった」

 川本さんは05年、小倉伊勢丹に入社。08年の閉店とともに後継店のコレットに移った。小倉北区京町で生まれ育った生粋の「小倉っ子」。「子どものころ、ビルが建つ前にあったお寺で遊んでいた。コレットがあるこの場所は、私にとっては特別な場所なんです」。愛着は人一倍深い。

 紳士服売り場などを経て、16年から店舗入り口のインフォメーションで案内業務に携わってきた。

 買い物客への案内に加え、貸し出し用ベビーカーの整理などもあり、多忙な日々を送った。店内を見渡し、機敏に対応できるよう立ちっぱなしで接客に当たる。やりがいを感じるこの仕事を「お客さまとの距離が近い」と表現。広報担当者も「明るい性格で、ファンになるお客さまも多い」と、川本さんを評価する。

 毎日のように訪れ、インフォメーションのカウンターに手でタッチしては、10分後にまたカウンターに舞い戻ってくる老夫婦。必ず目を見てあいさつしてくれる常連客…。閉店が決まってから、「ありがとう」「お疲れさま」と多くの客が声を掛けてくれた。コレットが地域の人にとって、憩いの場であったことを実感した。

 閉店後の残務を終えたら、井筒屋本店に移る。「地域の憩いの場としての役割は、本店でも果たしたい。引き続き足を運んでいただけるように、頑張りたい」。地域の愛顧に感謝。川本さんは前を向く。

    ◇      ◇

■店内最後までにぎわい 買い物客、別れ惜しむ

 「小倉そごう」「小倉玉屋」「小倉伊勢丹」「コレット」-。1993年秋以降、入れ替わり続けたJR小倉駅前の「街の顔」が姿を消した。コレットの営業最終日、店内はにぎわいを見せ、訪れた市民ら大勢の買い物客は4度目の別れを惜しんだ。

 開店前の午前10時前、買い物客約千人が行列をつくり開店を待ちわびた。高橋昭一社長は館内放送で「最後まで楽しんでもらえるよう頑張ろう」と呼び掛け、従業員は表情を引き締めた。

 コレット2階正面玄関の先頭に並んでいた門司区のパート女性(41)は「駅を訪れたときの楽しみだっただけに、閉店は寂しい。駅前のにぎわいがなくなってしまう」と惜しんだ。

 地域の憩いの場でもあった。小倉北区の西原淳子さん(71)は「ほとんど毎日来た。街歩きを楽しみ、総菜を買って帰った。閉店セールではたくさん買い物をした」と振り返った。井筒屋によると、1月からの閉店セールは前年同期の倍の売り上げがあったという。

 井筒屋は本店とのすみ分けを図るため、コレットでは、若者をターゲットにした。門司区の会社員尾方志穂さん(20)は「(小倉駅ビル内の商業施設)アミュプラザ小倉との2店で商品を選べるのが良かった。新しいテナントも若者を意識してほしい」と注文した。

=2019/03/01付 西日本新聞朝刊=

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