中近世城館の分布調査終了 県教委、最終報告書を刊行 [福岡県]

那珂川町の一ノ岳城。立派な石垣が残っている(九州歴史資料館提供)
那珂川町の一ノ岳城。立派な石垣が残っている(九州歴史資料館提供)
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 県教育委員会が、県内にある中近世の城館遺跡の分布状況などを5年がかりで調べ、このほど4冊目の報告書で、最終巻となる「福岡県の中近世城館跡4-筑後地域・総括編」を刊行した。調査は全体で約900遺跡に及び、全体像も盛り込んだ今回の報告書は、縄張り図(平面図)や古絵図、写真も交えて各地の城を紹介する力作だ。

 鎌倉時代から江戸時代に築かれた城に関する遺跡を把握し、保護と周知につなげようと、県立九州歴史資料館(九歴、小郡市)が中心となり、筑前、豊前、筑後の3地域に分けて文献調査と現地調査を行ってきた。確認した中世城館は計845遺跡、近世城館は計36遺跡。伝承地や関連遺跡を含めた総数は1千以上という。

 総括編では、中世城館の特徴を分析した。浮かび上がった傾向の一つが、山城の斜面の上下方向に複数本の竪堀を作り、敵が斜面を横移動するのを防ぐ「畝状空堀(うねじょうからぼり)群」の多用だ。遺構は越後や飛騨など全国にあるが、福岡では古処山(こしょさん)城(朝倉市)や益富(ますとみ)城(嘉麻市)など秋月氏の本拠や支配地域、その同盟勢力と対抗勢力の山城に多い。

 織田信長が築いた安土城(滋賀県)に代表される織豊期の城より前に築城された高祖(たかす)城(糸島市)や一ノ岳城(那珂川町)といった福岡湾周辺の拠点城郭では、石垣が造られていた。織豊期以降の石垣と異なるのは、遠方の石切り場から運んでくるのではなく、その場にある自然石を使っている点という。

 各地の城館遺跡では武器や武具、日用品である土器や陶磁器などが出土している。九歴の岡寺良学芸員(考古学)は「城館を調べることで軍事だけでなく、当時の政治と社会も見えてくる」と話す。九歴は秋以降、一連の調査成果を紹介する企画展を開く予定だ。

 「福岡県の中近世城館跡4」は九歴で販売中。A4判334ページ、2500円。

=2017/06/08付 西日本新聞朝刊=

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