筑前町に囲まれた朝倉市馬田を探訪 飛び地の謎に挑む 大刀洗飛行場跡の境界争い? [福岡県]

クリーニング工場「こばやし加工センター」の敷地内。写真の道路右が筑前町、左は朝倉市の「飛び地」の一部という
クリーニング工場「こばやし加工センター」の敷地内。写真の道路右が筑前町、左は朝倉市の「飛び地」の一部という
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 市町村の地図を見ていると、取り残されたように別の市町村の住所地になっている「飛び地」を見つけることがある。実は全国あちこちにあり、珍しいわけではないのだが、どうも気になって仕方がない。その一つ、筑前町に囲まれた朝倉市の飛び地を訪ね、謎解きに挑んだ。

 まず地図で確認しよう。筑前町の町立大刀洗平和記念館のすぐ南西側に、なぜか「朝倉市馬田」がある。面積は約9千平方メートル。検索アプリの地図を拡大すると、倉庫会社があるようだ。その約300メートル東には、キリンビール福岡工場などを含む「本拠地」の朝倉市馬田がある。

 「確かにここの住所は朝倉市馬田です」。飛び地を訪ねると、三菱倉庫関連会社の内田稔彦さん(65)が作業の手を休めて応じてくれた。経緯は分からないが「一帯が戦前に大刀洗飛行場だったことと関係しているのでは」という。

 倉庫の東隣にある高級品専門クリーニング工場「こばやし加工センター」。専務の小林博子さん(67)に聞くと「うちは両方にまたがっているんです」。同じ敷地内でも自宅や工場は筑前町、庭などの一部は朝倉市。「固定資産税も別々に納めるんですよ」

 小林さんによると、周辺は10年ほど前まで「倉光さん」のブドウ畑だった。たどり着いたのが、約2キロ離れた「本拠地」の朝倉市馬田に住む倉光チエ子さん(73)。飛び地は義父の一久さんが戦前に入手した農地だったという。

 一久さんは1912年生まれ。もう亡くなったが、飛び地について「当時の区長に『あそこは馬田にしときない』と言われた」と話していたことをチエ子さんは覚えている。「でもそれ以上は…。もっと聞いておけばよかったですね」

 朝倉市や筑前町に聞いても経緯は不明。手の届きそうなところで謎解きは行き詰まったが、地元の人たちは内田さんと同じく「恐らくは飛行場と関係がある」と口をそろえる。

 「太刀洗飛行場物語」(桑原達三郎著)によると、馬田村(現朝倉市)、三輪村(現筑前町)、大刀洗村(現大刀洗町)にまたがる旧陸軍大刀洗飛行場の敷地は戦後、引き揚げ者や戦災者らに分け与えられた。入り組んだ境界線は開拓の妨げになるため、3村長は46年に新しい直線の境界線を決めたという。

 だが協議は難航したようだ。81年編さんの大刀洗町史には「各村の主張はなかなかまとまらず、険悪な雲行きになった」「決定したかに見えたが馬田村から異議が出て、再協議が繰り返された」とある。

 当時、村同士で何らかの土地のやりとりがあったとしたら…。不自然で不思議な飛び地に、想像ばかりが膨らむ。

   ◇    ◇

 太宰府、宗像、荒尾…水争いや取引が起源

 福岡都市圏では太宰府市が筑紫野市に2カ所の飛び地を持っている。ともにため池の一部で、市有地や国有地などだ。宗像市も、福津市のため池に浮かぶ島を飛び地として持っている。経緯はいずれも不明だが、過去の水争いや取引が関係しているとの見方が強い。

 県内で知られるのは、大牟田市にある熊本県荒尾市の飛び地。江戸時代に肥後藩から水を融通してもらった三池藩が、見返りの土地を提供したのが起源だ。

 飛び地は3カ所の計1・6ヘクタール。2010年現在、16世帯40人の荒尾市民が暮らす。大牟田市は飛び地に水道を供給し、住民が希望すれば同市内の小中学校に通えるようにしている。

 ただ、荒尾市や朝倉市を含め、市町村が自ら飛び地を手放すことは考えにくい。市町村にとって土地は「財源」。民有地ならば固定資産税が入る。また市町村の土地面積は地方交付税の算定基準でもある。

 ある自治体関係者は「もし飛び地を解消するなら、相手の市町村の土地との等価交換が条件になる」。飛び地は今後も各地で温存され続けるだろう。

=2017/06/13付 西日本新聞朝刊=

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