座禅…近くて遠い無心 太宰府・戒壇院で初体験 背中打つ警策、心地いいような… [福岡県]

森不會副住職に警策で背中を打たれる記者(左端)。「集中できない」と感じた時、近づいてきた副住職に合掌すればそれを合図に打ってくれる
森不會副住職に警策で背中を打たれる記者(左端)。「集中できない」と感じた時、近づいてきた副住職に合掌すればそれを合図に打ってくれる
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奈良時代に創建された「天下三戒壇」の一つの戒壇院。再建や改修を経て今日に至る
奈良時代に創建された「天下三戒壇」の一つの戒壇院。再建や改修を経て今日に至る
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 心の扉をそっとたたくような張り紙だった。「坐禅(ざぜん) 初心者歓迎」。門前を通りかかるたびに気になっていた「坐禅会」に、初めて参加することにした。場所は太宰府市の名刹(めいさつ)「観世音寺」の隣に立つ、こちらも創建が奈良時代にさかのぼる由緒ある寺「戒壇院」。日ごろ信心とは無縁なわが身を振り返り、邪念のない悟りの境地に少しでも近づければ、と8月20日の朝、門をたたいた。

 バシッ! 森不會(ふえ)副住職(42)が振るう細長い警策(けいさく)に背中を打たれた。右を3回、左を3回。痛くはない。弛緩(しかん)しかけていた集中力を取り戻してくれ、むしろ心地よかったような…。

 警策を肩にゆっくり本堂内を回る森副住職。こちらは左足を右太ももの上に置き、へそ下で左手親指を右手で握って組んで背筋を伸ばし、座禅を続ける。

 「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」。事前に坐禅会の長老に教わった禅語が心をよぎった。その意は「足元を見よ」。「真理を外にではなく、自身の内に求めよ」という深い意があるそうな。座禅の前、足元を見て脱ぎっ放しのわがスリッパに気付き、急いでそろえたのだった。

 半眼(はんがん)ですわっていると、その日未明に死んだ愛犬のことが心に浮かんだ。雑念が湧く…。いかん、いかん。無心になれない。前半30分間はこうして終わった。

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 戒壇院の創建は761年。日本への渡航に5度失敗し、失明しながら6度目に九州へ着いた唐の僧鑑真ゆかりの寺である。彼の指導で正統な僧尼と認める「受戒(じゅかい)」の場として東大寺(奈良)、下野(しもつけ)薬師寺(栃木)、観世音寺に戒壇院が造られた。いわゆる「天下三戒壇」だ。

 江戸時代に禅宗の寺となった戒壇院での坐禅会は約20年前、柏木文正住職(88)が始めた。14年前の西日本新聞地域版に紹介記事が載っている。坐禅会の西本弘志会長(64)=大野城市=が記事のコピーを手に「これを読んで通い始めた」と声をかけてきた。「きついけど、終わった後の達成感がいい」と西本さん。

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 話を戻そう。前半30分の座禅の後は、堂の外をゆっくり往復する「経行(きんひん)」。立ち上がって足の疲れを取るのが目的だが、「『歩く禅』とも言う。座禅と同様の呼吸や気持ちで」と事前に指導された。

 約5分間の経行中、他の参加者とすれ違う。高齢者に交じり、比較的若い女性が数人。特別参加の小学生も神妙な表情で歩いている…。おっと、他人を観察するのではなく、自分の心の内を見つめるのだった。

 合図とともに後半30分の座禅が始まった。「対象と私の境目がなくなり、世界と一体感を味わうのが理想」(森副住職)。しかし耳に入る鳥や虫の声、飛行機の音で、指導された腹式呼吸をいつしか忘れていた。

 線香の煙の輪が目の前の空間に浮遊して来た時、心が煙に溶けて無になった、気がした。それも一瞬。直後に雑念が湧いた。無心の世界は近くて遠い。

 戒壇院坐禅会 毎月第1、3、5日曜日の午前8時~10時すぎ。費用(お布施)は初回1000円、以後は1回ごと500円。座禅後は般若心経の朗唱や作務(簡単な作業)、茶礼。参加資格は高校生以上。初心者は午前7時半ごろから古参会員が指導。戒壇院=092(922)4559。

=2017/09/13付 西日本新聞朝刊=

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