人材育成、交流深め半世紀 日系移民子弟受け入れ県費留学制度 調理師目指すボリビアの徳永さん「日本の味広めたい」 [福岡県]

福岡調理師専門学校の実習でオムレツを作る徳永アレハンドロ勇一さん
福岡調理師専門学校の実習でオムレツを作る徳永アレハンドロ勇一さん
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 県出身の日系移民の子弟を招き、県内の大学や専門学校で学んでもらう県費留学制度が1966年の創設から半世紀が過ぎた。留学生の母国と県の交流を担う人材を育てるため、公益財団法人「県国際交流センター」が毎年続け、中南米を中心にこれまで計428人を受け入れた。留学生は帰国後、地元県人会で積極的に活動するなど役割を果たしている。

 政府は明治期から国内人口増加への対応策として労働者の海外移住を進め、センターによると、県内でも90年代までに北米や中南米に約5万6千人が移住した。都道府県では全国4番目に多く、移住者や子孫で組織する県人会は9カ国20地域にあり、日系社会のつながりを維持している。

 県人会を支える人材育成にもつながる留学制度では毎年、県人会に推薦された10人前後を受け入れている。留学生は入寮し、大学や短大、専門学校に1年間通う。渡航費と学費に加え、月額10万円(寮費含む)の生活費を支給する。

 本年度はブラジルやペルー、メキシコなど6カ国の日系2~5世の男女8人が留学し、うち7人は九大や九州産業大で経済や古典文学などを学んでいる。いずれも単位認定はないが、教官の指導を受ける「研究生」だ。

 唯一の専門学生はボリビア在住の日系3世、徳永アレハンドロ勇一さん(20)。福岡調理師専門学校(福岡市)に通い、調理師免許取得を目指している。父方の祖父は旧黒木町(八女市)出身で61年にボリビアに移住。祖父は他界したが、日本語が飛び交う家庭で育った徳永さんは、ほぼ不自由なく日本語を操る。

 11歳で初来日した時の楽しい記憶が留学に導いた。同センターの交流事業で県内に2週間ホームステイし、小学生と触れ合い、プロ野球を観戦。以来、「憧れの国にもう一度行きたい」と切望していた。高校卒業後、料理人を志し、地元の調理学校で基礎を習得。「日本料理を学びたい」と再訪した。将来、ボリビアに居酒屋を開き、焼き鳥や魚料理を振る舞うのが夢という。

 今夏、祖父の故郷、八女市に足を運んだ。茶畑が広がる穏やかな風景に「豊かできれいな自然があった」と徳永さん。「自分はボリビア人でも日本人でもなく日系人。日本の味をボリビアに広めたい」と声を弾ませた。

=2017/12/07付 西日本新聞朝刊=

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