舞う火の粉、大たいまつ支え 筑後市の熊野神社「鬼の修正会」 担ぎ手に挑戦 [福岡県]

炎を上げて燃えるたいまつを引き回す男衆
炎を上げて燃えるたいまつを引き回す男衆
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当日は、近くの松原小の児童たち約360人が集まり、火をつけた小たいまつを持って境内を3周する行事もあった
当日は、近くの松原小の児童たち約360人が集まり、火をつけた小たいまつを持って境内を3周する行事もあった
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火の粉が舞う中、大たいまつを支える記者(右)
火の粉が舞う中、大たいまつを支える記者(右)
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鬼の修正会の参加認定証
鬼の修正会の参加認定証
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 火を付けた巨大なたいまつを、締め込み姿の男衆が引き回す勇壮な火祭り「鬼の修正会(しゅじょうえ)」(県無形民俗文化財)が毎年、筑後市熊野の熊野神社で行われている。かつては氏子たちによって支えられてきたが、近年は担ぎ手不足で、市観光協会が「ここでしかできない、ちくごオトコ塾」と銘打ち、市内外から参加者を募集している。6日にあった祭りに参加し、火の洗礼を浴びて男を磨いてきた。

 祭りは毎年正月初めに仏に罪科をざんげして無病息災や五穀豊穣(ほうじょう)などを祈る法会で、約500年前に始まったとされる。3本の大たいまつは長さ約15メートル、直径約1・5メートル、重量約500キロ。年が明けた3日、地区住民が作り上げた。

 今回、応募したのは4人。2年連続参加の筑後市の調理師原博文さん(44)、2年ぶり2度目となる北九州市門司区の海上保安官和田芳明さん(47)、初出場の福岡市職員古川茂さん(40)=城南区、同じく初出場の記者(49)と、くしくも全員40代だった。

 当日は午後4時、火打ち石で鬼火(御神火)をおこし、本殿で神事が始まった。参加者は神社境内の熊野公民館に集まり、祭りの説明を受けた後、地区の人に手伝ってもらい短パンの上に白いさらしを巻いてもらう。午後8時すぎ「ワッショイ、ワッショイ」の掛け声で、待機場所となる近くの坂東寺に移動。この日は日中は暖かかったが、夜になると一気に氷点下近くに冷え込んだ。たき火を囲み、酒を飲んで暖を取る。

 午後8時半、神社へ戻り、大たいまつの前で気勢を上げる。9時、境内の明かりが全て消され、いよいよ大たいまつに点火だ。バチバチと音を立てて燃え上がる大たいまつを長さ3~4メートルのスギでできた「刈又(かりまた)」と呼ばれる棒で支え上げる。「腹で刈又を支えんか!」。先ほどまで談笑していた宮世話人の怒声が響く。大たいまつが人の上に倒れたら大惨事となるため、真剣そのもの。

 合図とともに大たいまつを境内に移動させるが、とてつもない重さだ。たいまつの中には火をはじけさせる「弾(はじ)き竹」が仕込まれ、バンバンと火の粉をまき散らすが、避けることも振り払うこともできない。

 鐘と太鼓の音に合わせ、刈又を持った担ぎ手約20人と、たいまつを縄で引く一般の約30人で境内を3周するのだが、バランスを取るのが難しい。何度も立ち止まり「上げろ、上げろ」の声に合わせてたいまつを立ち上がらせる。3周し終わり、元の広場に戻り最後に大きく掲げた後、一気に落として火を消した。

 西日本各地の祭りに遠征する大の祭り好きの和田さんは「熱いし重いし、地獄の責め苦とはまさにこのこと」と一言。担いでいる最中は寒さも痛みも感じなかったが、気がつくと手にはすり傷、肩と両膝にやけどを負っていた。握力はすっかり無くなり、シャツのボタンも留められない。宮世話人の小野浩昭さん(55)が「あした筋肉痛になってるけど、いい経験になったろう」と笑いかけてきた。

 昨年も参加した原さんによると、終わった直後は「もうこりごり」と思うが、1年たつとまた出たくなるそうだ。大たいまつの煙に当たると病気をしない、火の粉を浴びると結婚できるといわれている。記者は既婚者なので結婚の御利益は必要ないのだが、終了後の爽快感は格別だった。祭りの保存会から「伝統保存に協力した」ことを認める認定証も交付された。

 地区は伝統行事を絶やすまいと、今年から参拝者をもてなす「中老宿」と呼ばれる接待所を2カ所設けた。宮総代会長の松木晴義さん(77)は「市外の人の協力ももらい、祭りをますます盛り上げていきたい」と、早くも来年の参加を呼び掛けていた。

=2018/01/12付 西日本新聞朝刊=

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