「無謀な戦争」で父を亡くした 県戦没者追悼式、1000人が参列 [福岡県]

遺族代表で追悼の言葉を述べた金川雅博さん
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多くの参列者が訪れた県戦没者追悼式
多くの参列者が訪れた県戦没者追悼式
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 福岡県内の9万3千人超の戦争犠牲者を悼む「県戦没者追悼式」が15日、福岡市中央区の県立福岡武道館であった。「平成」最後の追悼式には、遺族ら約千人が参列。祭壇に白菊を手向け、これからも平和な時代が続くことを願った。

 「私は父の顔を知りません。生まれて90日目に出征したと聞きました」。追悼式で遺族代表の金川雅博さん(76)=築上町在住=はわずかに声を震わせた。

 金川さんの実父は1942年に臨時召集され、ミャンマーでインパール作戦を戦った。母は幼い金川さんの写真を戦地に送り、その帰りを待ち続けた。だが、父は44年8月、現地で戦病死した。

 金川さんは46年8月、かんかん照りの日の記憶が忘れられない。近所の小学校の校庭に、黒い服を着た婦人たちが白い木箱を持っているのを見た。その輪の中に母がいた。父の死を察し、伯父とつないだ手を力いっぱい握った。

 「父がどんなところで亡くなったのか知りたい」。2003年と13年、金川さんはインパール作戦の激戦地を訪問。父たちが行軍したとされる樹林ではぬかるみに足を奪われ、歩くことさえままならなかった。「あの戦争の無謀さに胸がつぶれる思いがした」。悔しさが込み上げた。

 その一方で、写真でしか知らない父親のことを、子や孫にどう伝えればいいのか、思い悩んできた。しかし、この日の追悼式で、金川さんは自分に言い聞かせるようにこう結んだ。「戦争を二度と繰り返さないためにも、若い世代に引き継がねばなりません」

 戦渦の記憶や平和への思いを受け継ごうと、地元の小中高生ら約100人も参列。福岡市城南区の中村学園女子高3年、吉原葵さん(18)は「戦争がない世界を築くため、互いを尊重し理解を深めていくような異文化交流の機会が必要。ふるさと福岡を、誰もが幸せを感じて暮らせる街に発展させる」と誓った。

 この日は台風15号の影響で、参列予定だった久留米市と直方市の遺族ら約50人が欠席した。

=2018/08/16付 西日本新聞朝刊=

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