「宗像海人族」の謎探る 浜宮貝塚の出土品展示 海の道むなかた館 [福岡県]

宗像市の内陸部の古墳で見つかった鉄製釣り針(左)と現代の釣り針。大きさから外洋の漁で使用されたとみられる
宗像市の内陸部の古墳で見つかった鉄製釣り針(左)と現代の釣り針。大きさから外洋の漁で使用されたとみられる
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現在も周辺の海女漁で取れるサザエやアワビ、淡水のシジミ(右下)など多様な魚介類が混じる浜宮貝塚の出土品
現在も周辺の海女漁で取れるサザエやアワビ、淡水のシジミ(右下)など多様な魚介類が混じる浜宮貝塚の出土品
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 玄界灘を行き来して大陸と交流し、古代、沖ノ島で国家祭祀(さいし)を行った宗像海人族(かいじんぞく)。地方豪族でありながら中央政権に重用された海の民の繁栄には、まだ解明されていない謎が多い。海人族の暮らしを周辺貝塚の出土品から探る展示が、「海の道むなかた館」で13日まで開かれている。

 展示されているのは、浜宮貝塚(宗像市神湊)で1971年に行われた民間団体による調査で出土した海産物、土器など約100点。個人所有だった出土品を市が返還を受け、公開を始めた。

▼海女のルーツ?

 目につくのは大ぶりなサザエやアワビの貝殻。専門家は潜水漁法がこの頃から発達していたとみる。周辺では現在も潜水漁法が盛んで、同市鐘崎は海女の発祥の地とされる。海の民の名残が現在に残る。

▼海産物で交易?

 貝塚といえば縄文時代が多いが、浜宮は古墳時代の貝塚だ。東西200メートル、南北160メートルの大きさは古墳時代の貝塚で最大規模という。沿岸の貝のほかサメやマダイの骨、淡水性のシジミなど多様な魚介類が見つかっている。同市郷土文化課の白木英敏さん(52)は「集落で食べる量にしては多すぎる。加工して交易に利用したのでは」。

 奈良時代、藤原氏と権力を争った長屋王の邸宅跡から、宗像の豪族名で鯛醤(ひしお)(タイのしょうゆ漬け)などが届けられた荷札が出ている。「宗像に縁のある長屋王に付け届けをしていたのだろう」(白木さん)。

▼農村から漁具?

 宗像海人族が栄えたころ、はるか内陸の農村、大穂の古墳から副葬品として鉄製釣り針が見つかっている。釣具店に見せたところ「外洋の漁で使う針で、マグロも釣り上げられる」との見立てだった。なぜ海から遠い地で漁具が出るのか。白木さんは「同様に製塩土器の出土例もある。海と里の民の交易の痕跡なのかもしれない」。

 市は近く浜宮貝塚の調査を始め、海人族の暮らしぶりをさらに解明したいとしている。

=2018/05/08付 西日本新聞朝刊=

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