公園に「陸軍」刻んだ謎の石柱 旧軍練兵場境界石の名残 福岡市南区 [福岡県]

長住中央公園にある陸軍と彫られた石柱に触る渡辺和雄さん
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 福岡市南区西長住2丁目の鹿助(ろくすけ)公園に、「陸軍」と彫られた謎の石柱があるという。同区の40代女性から「石柱が傾いたり、少し土中から出たりしていて危ない状態。保存すべきものなのか、撤去してよいものか、調べてほしい」とあなたの特命取材班に依頼があった。現地を訪ねてみると、地域の歴史と深い関わりがあることが分かった。

 鹿助公園内にある大きな池の東側を行くと、確かに木の根元や斜面に4本の石柱を発見した。上面には矢印の模様、裏には「二六四」などの数字が刻みつけられており、そして横面に「陸軍」。地表に現れている部分は30~60センチ。人が頻繁に歩くような場所ではないが、確かに足元を見ていないとつまずきかねない。

 依頼者の女性によると、同じような石柱は近くの長住中央公園(長住5丁目)にもあるとのこと。移動してみると、ソフトボール球場の西側にごろごろと15本、無造作に置かれていた。長いものは約1・2メートルもあり、どうやら別の場所から移されたもののようだ。さらに、公園で出会った女性が「長住東公園(長住1丁目)にも石柱はありますよ」と教えてくれた。

 石柱の正体は何なのか。戦前の長住地区に詳しい渡辺和雄さん(87)=西長住2丁目=に尋ねると、「あれは、陸軍の土地と民有地を分けていた『境界石』です」。長住地区には旧陸軍福岡二十四連隊の練兵場が存在し、塹壕(ざんごう)掘りの演習をしていたという。

 渡辺さんの案内で、鹿助公園に隣接する長住公民館に向かった。敷地南側にある自動車進入防止ブロックの一つをよくよく見ると、ここにも「陸軍」の文字が。境界石は同様に、長住東公園でも車止めブロックに活用されていた。

 「昔はもっとたくさんあったのです。戦争の記憶を後世に伝える遺物なので、ぜひ残してもらいたい」。長住中央公園の境界石の一つに手を添えながら、渡辺さんはこう語る。

 練兵場だった土地は戦後、日本住宅公団(現在の都市再生機構・UR)が開発を手掛け、巨大な長住団地に姿を変えた。数少ない名残と言える境界石は、長住地区一帯に点在しているものの、案内板などはない。南区維持管理課に聞くと、管理台帳に記載されているだけで「記念碑のように特別な維持管理はしていない」と話す。

 戦後73年の今、貴重な史料をしっかり取り扱ってほしいとの声と、危険性を指摘する声の両方がある。境界石の保管の在り方には、一考の余地がありそうだ。

=2018/12/05付 西日本新聞朝刊=

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