また逢う日まで 「中華しんちゃん」譲りのみそラーメン [福岡県]

天神のサラリーマンに大人気だった「中華しんちゃん」から秘伝レシピを受け継いだ「きく茶」のみそラーメン
天神のサラリーマンに大人気だった「中華しんちゃん」から秘伝レシピを受け継いだ「きく茶」のみそラーメン
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パステルカラーの内装で女性好みの店構えだった「きく茶」。ワインカフェにちなみ仏パリのエッフェル塔のポスターも飾られていた
パステルカラーの内装で女性好みの店構えだった「きく茶」。ワインカフェにちなみ仏パリのエッフェル塔のポスターも飾られていた
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父の生前に門外不出のレシピを受け継ぎ、父亡き後、「中華しんちゃん」の看板料理だったみそラーメンを再現した金澤きくよさん
父の生前に門外不出のレシピを受け継ぎ、父亡き後、「中華しんちゃん」の看板料理だったみそラーメンを再現した金澤きくよさん
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「ワインカフェの名物はみそラーメン」という話題で取材に応じた故金澤広次さん(右)ときくよさん=2017年
「ワインカフェの名物はみそラーメン」という話題で取材に応じた故金澤広次さん(右)ときくよさん=2017年
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 新年早々、寂しい知らせが舞い込んだ。よく利用していた飲食店が閉店することになった。店は、福岡市・天神界隈の今泉地区にあるカフェ「キッチン きく茶」。ワインも提供するカフェなのに、看板メニューはみそラーメン。かつて天神のサラリーマンに大人気だった中華料理店から受け継いだ一杯だ。その温かいドラマを記事化したこともあった。

 きく茶が営業していたのは、飲食店や美容室が並ぶ通り沿いにある真新しい5階建てビルの最上階。ビルは2016年春に完成し、店はその年の秋にオープンしたばかりだった。ビルを建てたのは、この地で5年前まで「中華しんちゃん」という店を営んでいた金澤広次(ひろじ)さん。きく茶の店主は金澤さんの長女・きくよさん(45)が務めた。

 記事化したドラマは、みそラーメンを巡る父から娘へのバトンタッチだった。

 きくよさんは当初、調理スタッフを雇って洋食を提供していたが、スタッフが退職。その穴埋めに悩んでいたところ、既に引退した広次さんが急きょ手伝ってくれることになった。みそラーメンは中華店時代の一番人気。中華店は閉めたが、跡地で生まれ変わったカフェの名物として復活した。この噂は口コミで広がり、かつての常連が涙ぐんで麺をすする場面も。私も常連の一人として思いがけない“再会”に感激し、記事化を思い立った。

 ところがその後、非情にもドラマは暗転が続いた。

 昨年3月。広次さんが営業時間に買い物で外出していたところ急病で倒れ、そのまま帰らぬ人に。75歳だった。カフェはしばらく休業が続いたが、命日から2カ月後に営業再開。そこで奇跡が起きた。みそラーメンが再び復活した。父は生前、秘伝のレシピを娘に受け継いでいたのだ。私も駆け付け、早速注文して麺をすすると、しんちゃんの味がした。

 ただ、客に見えない舞台裏では遺産相続を巡る親族協議が進んでいた。ビルを所有していたのは亡き広次さんだった。昨年末までの協議の結果、きくよさんはビルの所有権を相続せず、カフェも手放すことに。店は1月中旬に営業終了、月末には退去することになった。

 営業最終の前日、開店時間に合わせ上司と店を訪れると、彼女はホールで独り入り口に背を向け、はなをすすりながら泣き腫らしていた。私たちの来店に気付くと、彼女は慌てて一礼をして奥の調理場へ。奥ではしばらくはなをすする音が漏れた。注文したみそラーメン2人前がカウンターに届いた時、彼女は笑顔を取り戻したが、店の空気は重かった。

 無理もない。彼女にとって店は特別な空間だった。

 広次さんが引退を決めたのは、二人三脚で店を支えてきた妻・澄代さんの急逝(10年、享年59歳)が引き金になった。中華店跡のビルにカフェ店舗を設けたのは、亡き妻の遺志だった。建物は夫婦のイニシアルから「H&Sホームビル」と命名。娘にとってビルは“家庭”そのものだった。

 「いつも父と母に見守られている気分で店を守ってきたけれど、仕方がありません。ここを巣立つ気持ちで独立します。今後の予定? まだ白紙ですが、いずれ天神界隈で小さな貸店舗を探し、営業を再開できれば。『中華しんちゃん』譲りの味を守るためにも」。彼女は気丈にも前を向いている。

 きくよさんによると、「しんちゃん」の店名は広次さんが創業前、神戸中華街で師事した中国出身の料理人「張(チャン=中国語読み)」さんに由来。独立に当たり、師匠への敬意と感謝を示し「真の張の味を目指す」との意味を込めたそうだ。きく茶は、自分の名前に中華の「飲茶」を合わせて命名。中華一筋だった父と、支え続けた母への感謝を込めた。父と娘の店名はつながり、前を向く彼女の姿からも、きく茶はいつか必ず復活する気がする。

 まろやかなみそスープにストレート麺が沈み、豚ひき肉や野菜を炒めた具材がたっぷり。麺をすするとショウガの風味も広がり、箸が止まらなくなる一杯。また逢(あ)う日まで。

=2019/01/21 西日本新聞=

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