夢野久作ら四代の軌跡紹介 大刀洗平和記念館で企画展始まる [福岡県]

杉山灌園が開いた私塾「敬止義塾」の当時の様子を伝える写真
杉山灌園が開いた私塾「敬止義塾」の当時の様子を伝える写真
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杉山龍丸が父である夢野久作の「ドグラ・マグラ」の直筆原稿裏に書いた日誌は展示品の中で目を引く
杉山龍丸が父である夢野久作の「ドグラ・マグラ」の直筆原稿裏に書いた日誌は展示品の中で目を引く
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 日本3大奇書の一つとされる小説「ドグラ・マグラ」を著した夢野久作(本名・杉山直樹)をはじめ、幕末から昭和にかけて福岡や国内外で活躍した杉山家四代は、実は筑前町と深い縁がある-。こんな視点を軸に杉山家四代の足跡を紹介する同町で初の企画展「杉山家四代の軌跡」が2日、町立大刀洗平和記念館で始まった。5月30日まで。

 四代は順に▽幕末の黒田藩士で後に私塾を開いた灌園(かんえん)▽明治から昭和初期、政界のフィクサーと言われ、伊藤博文らと人脈があった茂丸(しげまる)▽小説家の夢野久作▽戦後に私財を投げ打った植樹で「インド緑化の父」と敬われる龍丸(たつまる)の4人。すべて父と長男の関係で、今は四代とも鬼籍の人だ。

 杉山家と筑前町の関わりは、明治前期に灌園が夜須郡二村で私塾「敬止義塾」を開き、茂丸も塾を手伝ったことに始まる。時代は下って戦時中には、戦闘機整備隊長だった龍丸が、筑前町などにあった旧陸軍の大刀洗飛行場で部品を調達した。こうした歴史から記念館は企画展を計画。展示品として県立図書館などから四代の書籍や手紙など約180点を集めた。

 会場には、灌園の私塾の当時の様子を伝える写真などが並ぶが、目を引くのは龍丸が書いた戦闘機の整備日誌。父の「ドグラ・マグラ」の直筆原稿の裏に記している。当時は紙の供給がひっ迫し、流用した可能性があるという。銃弾で胸を貫かれた龍丸の穴の開いた軍服も展示されている。

 このほか、茂丸が明治の元勲・山県有朋からもらった手紙や、創刊に携わった明治期の週刊誌、夢野久作が江戸川乱歩と撮った写真など、杉山家四代の人生がしのばれる品々がそろう。

 「夢野久作と杉山三代研究会」副会長で、龍丸の長男の杉山満丸(みつまる)さん=筑紫野市=は「企画展開催に感謝したい。中には展示されたことのない資料もある」と話し、来場を呼び掛けている。入館料(大人500円、高校生400円、小中学生300円)が必要。

=2019/02/03付 西日本新聞朝刊=

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