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【花宗川の詩 八女筑後大木大川】(8)イ草産業 伝統の畳文化を守る

プロジェクトチームのメンバーと意見を交わす池上会長(左から2人目)。後ろには昔の手動織機が見える
プロジェクトチームのメンバーと意見を交わす池上会長(左から2人目)。後ろには昔の手動織機が見える
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イ草産業が盛んだった頃の面影を伝える県い業会館
イ草産業が盛んだった頃の面影を伝える県い業会館
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 花宗川から取水した掘割(クリーク)が碁盤の目のように張り巡らされる大木町。中心部の八町牟田地区で、ひときわ目を引くのが青い板張りの「県い業会館」だ。イグサ栽培から畳表、ござの生産まで、イ草産業が筑後地方で最も盛んだった1936(昭和11)年に完成した建物。洋風のモダンな姿が繁栄ぶりを今に伝える。

 花宗川の水の恵みもあり、筑後平野では稲作とともにイグサの生産が盛んだった。畳をはじめとした製品は湿度調整や空気浄化、消臭など、日本の生活を支えた。「昔は秋になると収穫したイグサを道路に干すので道が狭くなっていました。子どもは登校前と帰宅後は刈り取りの手伝いが当たり前でしたね」。イ草製品を手掛ける「イケヒコ・コーポレーション」(同町三八松)の池上広則会長(67)が往時を懐かしむ。

 1886(明治19)年、初代の名前を取り「池上彦太郎商店」として創業。町産のイグサを原料に使ってきたが、4代目の池上さんの頃には「国産イグサの入手が厳しい」状況になっていた。

 町内のイグサ栽培面積はピーク時の1972年に357ヘクタールあったが、安価な中国産の輸入増加や住宅の洋風化といった生活スタイルの変化を受け数ヘクタールにまで減った。大木だけではない。国内生産の9割以上を占める熊本県八代市でも生産農家の高齢化が急速に進んだ。

 池上さんが動いた。2012年にイグサの自社栽培を始めた。「畳文化を守るために何ができるのか。新商品開発のためのイグサは自分たちで作ろう」。強い決意で臨んだ。

 医師とともにイ草製の寝具を共同開発し、洋室にも合う敷物の販売を始めた。今年1月からは消費者にイ草の良さをPRする取り組みもスタート。子ども向け小冊子を作り、イベントなどで配った。6月には体育館に畳を敷き詰め「畳ヨガ」教室を開催。好評だったイ草のヨガ用マットは来年夏に商品化することになった。

 原動力になっているのが部署を超え、30代の若手社員8人でつくるプロジェクトチームだ。畳表に稲わらが使われていると思っている人もいる時代、営業部の押尾歩さん(35)は「イ草について知らない若い人が増えている今だからこそ、アピールするチャンスがある」と力を込める。若者に人気の雑貨店「無印商品」と共同イベントを開くなど、攻めの姿勢を貫く。

 9月下旬、同社の商品展示フロア。イ草の良さをどうPRしていくか、池上さんとプロジェクトチームが議論していた。そばには創業時から使っていた手動織機。機械がほほ笑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。

=2017/10/12付 西日本新聞朝刊=

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