「熊本明治震災」教訓生かす 1889年日記の現代語訳発行 被害状況昨年と類似 [熊本県]

1889年に出版された「熊本明治震災日記」=熊本市所蔵
1889年に出版された「熊本明治震災日記」=熊本市所蔵
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現代語訳した「熊本明治震災日記」。熊本城の崩れた石垣を描いた絵も転載している。
現代語訳した「熊本明治震災日記」。熊本城の崩れた石垣を描いた絵も転載している。
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明治の地震で崩れた熊本城の石垣(国立科学博物館提供)
明治の地震で崩れた熊本城の石垣(国立科学博物館提供)
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 昨年4月の熊本地震をきっかけに、1889(明治22)年7月に起きた明治熊本地震の被害状況を詳細に描写した「熊本明治震災日記」の記録性が改めて見直され、現代語訳された。昨年の地震後、熊本市都市政策研究所が調査研究の一環として手掛け、販売もしている。過去の災害を振り返ることで得られる教訓を後世に伝え、減災につなげる狙いがある。

 明治熊本地震は同市の金峰山付近を震源に発生し、マグニチュード(M)は推定6・3とされる。県内で20人が死亡し、200棟以上が全壊したほか、熊本城の石垣が崩れた。

 原本の日記は、熊本初の新聞「白川新聞」の創始者、水島貫之(かんし)が執筆。発生後約1カ月の被害状況や被災者の様子を記した日記を基に同年10月に出版した。「金峰山が噴火する」というデマが広まり、市民に混乱が広がったことや、熊本城の石垣崩落の様子を描いた絵なども交え、当時の様子を生々しく伝えている。

 原本は、旧漢字や句読点のない文章で読むのが難しい。現代語訳の作業は、研究所の所員を中心に半年ほどかけて原文の文意や雰囲気を損なわないように気を配ったという。

 昨年の地震で崩れた熊本城の石垣は、明治の地震の被害箇所と約8割が重複する。植木英貴副所長は「二つの地震の被害状況は類似点が少なくない。今後の防災対策に生かせるよう、多くの人に知ってほしい」と話す。

 現代語訳版はA4判252ページで、1500部発行。約500部を市内の小中学校などに配り、残りを市役所地下売店で販売している。1部千円(税込み)。

=2017/05/13付 西日本新聞朝刊=

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