土本典昭監督の映画「水俣病=その20年=」加藤典洋さんが解説 現場肉薄の衝撃作から不条理俯瞰 高度成長期終焉、次世代継承に腐心 [熊本県]

土本典昭監督の作品について語る加藤典洋さん
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映画「水俣病=その20年=」に登場する胎児性患者の岩坂すえ子さん(左、現在60歳)と半永一光さん(現在62歳)
映画「水俣病=その20年=」に登場する胎児性患者の岩坂すえ子さん(左、現在60歳)と半永一光さん(現在62歳)
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 熊本市で開催中の「水俣病展」の関連イベントとして、記録映画作家の土本典昭さん(2008年、79歳で死去)が監督した映画「水俣病=その20年=」(1976年)が2日、市現代美術館で上映された。胎児性患者らに密着した代表作「水俣-患者さんとその世界」(71年)とは打って変わり、水俣病史を俯瞰(ふかん)するように描いた作品が生まれた背景は-。当時、土本さんが抱いていた問題意識を、文芸評論家の加藤典洋さん(69)=早稲田大名誉教授=が読み解いた。

 《なぜ、有機水銀中毒はここ水俣に初めて出現したのか》。43分間の作品は、不知火海周辺の地図の映像とナレーションの問いかけで始まる。

 原因企業チッソ水俣工場と周辺の水銀分布図、発生当時の地元住民の回想、患者の症状例、患者と向き合わないチッソの姿勢、漁ができなくなった水俣の海、原因究明の経過、胎児性患者の確認…。作品は映像だけでなく時には図も示し、水俣病発生から20年の歩みをナレーションを交えて説明していく。

 「最初に深い映画(「水俣-患者さんとその世界」)を作った人が、その後になぜ、ある意味で対極にある映画(「水俣病=その20年=」)を作らなければいけなかったのか」。映画の上映後、加藤さんはこう切り出した。

 「水俣-患者さんとその世界」は、監督自身が水俣市で約3カ月間にわたって暮らしながら、患者や裁判闘争に肉薄し、そのありのままを伝えた。当時としては異色の手法のドキュメンタリーで、加藤さんは「いろんな人に衝撃を与えた」と評する。

 一方で「水俣病=その20年=」は、映像の内容を解説するナレーションを軸にした構成で、ともすれば説明的な印象を与える。

 加藤さんは「この映画は水俣病とは何か、国やチッソの姿勢はどんな風に理不尽なものだったか、患者の怒りはどれほど深すぎるものにならざるを得なかったかが描かれている。外国に持って行ったとしても、全部分かるように」と解説した。

 加藤さんが、その背景を読み解くキーワードとしたのが「世代継承」だ。例えとしてフランスの思想家ジャン・ジャック・ルソーの「社会契約論」を挙げた。ルソーは民主主義の原理を説き当時の社会に大きな影響を与えたが、その価値観を次世代に受け継ぐ難問に直面したという。「すごく世代継承は難しい」

 作品が公開されたのは、高度経済成長期が終わりを告げ、日本社会が曲がり角を迎えていた時代。水俣病をもたらした戦後日本の不条理を、どうすれば新たな世代に伝えられるのか-。二つの作品の両極にある表現手法は、土本監督の試行錯誤を物語る。

 加藤さんはこんな解釈を披露した。「深く関わらないと見えてこないものがあるが、それを広く届ける方法も考えないといけない。『深く』と『広く』、『心で』と『頭で』の両方がないと遠くまで伝わらない。深く描くのも大事だけど、こういう(誰にでも分かりやすい)作品も同じ比重で必要なんだという思いが土本さんの中にあった」

 水俣病の公式確認から61年。世代継承の問題はより深刻になっている。長く教壇に立ち、昭和、平成と学生たちに接してきた加藤さん。患者救済運動のリーダーだった故川本輝夫さんらがチッソ幹部に詰め寄る作品の場面を例に挙げて言った。「僕はこの時代を経験しているので、なぜこんな風に川本さんがやっているのか(理解できる)想像力がある。でも今の若い人は引くだろうと思う。こういう映画を見ても『怖い』となってしまうだろう」

 加藤さんは、世代間で異なる感じ方や価値観を埋めるには「階段ではなく、坂道を作ればつながる。車いすのコミュニケーションが必要」と述べた。約40年前に土本監督が腐心した世代継承の試みは、今の言葉にすれば「表現のバリアフリー化」だったのかもしれない。

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深く、広く伝える意識 記者ノート

 「深く関わらないと見えてこないものがあるが、それを広く届ける方法も考えないといけない」。文芸評論家の加藤典洋さん(69)が講演の中で発した一言が強く響いた。

 水俣病だけでなく、原爆やハンセン病、東日本大震災での原発事故…。大きな事故や社会問題が発生すれば、出来事の進展は続報として次々と世に出されていく。しかし、途中からその情報に触れる人には伝わりにくい面はあるだろう。生まれる前に起きた事件の続報に触れる若い世代にとってはなおさらだ。

 土本典昭監督の映画「水俣病=その20年=」が公開されて41年。当時よりも価値観の多様化や格差拡大などで社会は細分化され、問題を広く届けるのは難しくなっているのではないか。だからこそ、加藤さんが指摘した土本監督の世代継承という問題意識の意味は大きい。

【ワードBOX】社会契約論

 フランスの思想家ジャン・ジャック・ルソー(1712~78)の著作。1762年刊。人々が生き延びるために、さまざまな権利を共同体に委ねて「社会契約」を結ぶことなど民主主義の原理を説いた政治思想の代表的作品。フランス革命の導火線となり、日本では中江兆民が「民約訳解」に翻訳して紹介した。

【ワードBOX】川本輝夫

 1931~99。水俣市月浦出身。68年の水俣病公害認定を受けて、チッソ工場で働き65年に死亡した父の分と一緒に県に患者認定を申請したが、棄却される。71年8月、行政不服審査請求により棄却処分が取り消され、10月に患者と認定された。その後、水俣病闘争のリーダーとしてチッソと直接交渉を続け、73年7月に同社と患者との補償協定を実現した。

=2017/12/07付 西日本新聞朝刊=

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