西原村・宇佐川警部補(上) 被災者万来コーヒー談議 普段の目配りが有事に生きる [熊本県]

西原村の仮設団地を訪れ、住民と雑談する宇佐川照孝警部補(右)
西原村の仮設団地を訪れ、住民と雑談する宇佐川照孝警部補(右)
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駐在所の前で敬礼する宇佐川照孝警部補
駐在所の前で敬礼する宇佐川照孝警部補
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熊本地震の直後に手作りした案内看板は今も活用されている
熊本地震の直後に手作りした案内看板は今も活用されている
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 大柄でこわもて、だけれど笑えば愛嬌(あいきょう)たっぷり。大津署西原駐在所の宇佐川照孝警部補(61)は、熊本地震の本震で震度7を記録した西原村の全域を受け持っている。警察官人生の大半を各地の交番や駐在所で過ごしてきたベテランだ。今の駐在所には2015年春に着任し、定年退職後も再任用されている。地震から約1年9カ月。復興へ歩み進める地域と住民に寄り添う「駐在さん」の日常に密着した。

 昨年末のとびきり冷え込んだ朝。狭い駐在所の奥に置かれたコーヒーメーカーから、エスプレッソの香りが届く。「うちは客人が多いんでね」。宇佐川さんはデスクに着いた。

 ほどなく、駐在所の玄関扉が開く。「梨、持ってきたよ」と作業着姿の年配男性。「そんな気遣わんでください」と宇佐川さん。転職して間もない男性と、新しい職場の話に花が咲く。その日、駐在所には顔なじみの住人3人が現れ、コーヒーを片手にたわいもない話をして帰った。

 交番は警察官3~4人が交代で常駐するのに対し、駐在所は基本的に1人だ。勤務時間外は奥の住居スペースで家族と過ごす。「私がいなくても妻がいる。家族で駐在所を運営している感覚です。小さな悩みも雑談も何でも聞きます」。住民との会話や日々のパトロールを通じて地域の治安や道路の状況を把握する。

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 長い経験を通じて、普段から地域のあらゆることに目配りをしていることが有事に生きると肝に銘じている。あの熊本地震のときも-。

 2016年4月16日の本震後、駐在所と村役場を結ぶ片側1車線の県道は、自衛隊、消防、警察の車両が数珠つなぎの大渋滞となった。国道57号と県道339号(通称ミルクロード)など各所が通行不可能になっていた。

 「これでは助かる命も助からない」。近くのホームセンターへ走り、画用紙を買った。村長に直談判して借りた立て看板に、文字を印刷した画用紙を貼り付けた。「阿蘇方面はこちら」「この先 落石・道路崩壊」。急ごしらえの道路標識だった。

 地震後数週間、村内各所に手作りの標識を設置して回った。

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 地震後しばらくすると、駐在所を訪ねる住民が以前より減った。コーヒーメーカーの横に積み重ねた紙コップがなかなか減らない。「みんな人生で一番苦しい時期。自分の生活を立て直すので精いっぱいよね」。妻の秀子さん(61)がそっと言葉を掛けた。

 宇佐川さんは、避難所や仮設団地を努めて訪ねた。自宅が全壊し、仮設住宅で暮らす矢島国秋さん(74)は、駐在さんの姿を見ると安心する。「地震の前から村のためによう動いてくれとった人だけんね。ついついしゃべってしまう」

 地震から2度目の夏を迎えると、生活再建のめどが立った被災者が仮設団地を去り、空き室が出てきた。「家の補修が終わった」「引っ越し先が決まった」との朗報が届くのがうれしい。

 昨年末、被災して入院していた高齢の女性が、宇佐川さんに預けていた飼い犬を引き取りに来た。紙コップのエスプレッソを片手に笑顔を交わす。「みんな、少しずつ傷が癒えてきたような気がします」と宇佐川さん。

 駐在所の玄関扉が開き、初老の男性の顔がのぞく。「座らんですか」と宇佐川さんが席を勧めると、いつものように雑談が始まる。男性は独り暮らし。また、震度7の揺れにおびえた地震当時の話だ。事件事故の対応や交通取り締まりだけが警察官の仕事ではない。エスプレッソを手渡し、大事な客人の話にじっと耳を傾ける。

=2018/02/01付 西日本新聞朝刊=

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