西原村・宇佐川警部補(下)3月退職「やり残し、まだ…」 [熊本県]

復興を願う約3000個のキャンドルが並んだ西原村でのイベント。右端は交通整理をする宇佐川さん
復興を願う約3000個のキャンドルが並んだ西原村でのイベント。右端は交通整理をする宇佐川さん
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宇佐川さん(左)の警察官人生は妻の秀子さんと二人三脚で歩んできた
宇佐川さん(左)の警察官人生は妻の秀子さんと二人三脚で歩んできた
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地震前の休日は交差点の草刈りをするのが日課だったという
地震前の休日は交差点の草刈りをするのが日課だったという
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 卓上のせんべいに手を伸ばした瞬間、無線が鳴り響いた。西原村の大津署西原駐在所。交通事故発生の知らせに反応し、宇佐川照孝警部補(61)は立ち上がった。慣れた手つきで駐在所の電気を消し、戸締まりをして現場へ向かう。

 幸い事故は軽く、けが人もなかった。当事者の1人は顔見知り。「どうですか最近は。またお孫さんに会いに行ったですか?」と、宇佐川さんは声を掛けた。

 駐在所の警察官は、地域の状況を細かく把握するのが仕事だ。転入世帯があれば家を訪ねる。何かあったときに連絡が取れるようにするための「巡回連絡カード」へ記入をお願いする。特に身よりのない高齢者は定期的に見回る。

 その日、村内では車両事故1件、労災が疑われる事故1件が発生した。

 *****

 熊本地震の本震が発生したのは、2016年4月16日の未明だった。立ち上がることさえ難しい激震。災害用出動服を着込み、無線を抱えて村役場へ走った。

 災害時、駐在所員は役場に集まる情報を署に伝える橋渡し役となる。家屋の倒壊、生き埋め、大切畑ダム損傷…。真偽不明の内容も含め、矢継ぎ早に届く情報の渦にもまれた。応援の警察官が村役場に着いてからは、避難勧告や避難指示が出るたびにパトカーで集落を回り、スピーカー越しに情報を伝えた。

 数日後、気になり始めたのが「火事場泥棒」が起きないかだった。ファクス機や整理棚が床に散乱した駐在所に戻り、パソコンを開いた。「不審な車両は、ナンバーをメモしてすぐ110番します」「崩壊した家屋であっても、持ち主の許可を得ずに敷地内に入る行為は犯罪です」。4種類の警告文を作り、500枚印刷。自治会や消防団に配って屋外の目立つところに掲示するよう頼んだ。「見てますよ、というアピールは効果がある。駐車場でも監視カメラで24時間監視中などと書いてあると無断で駐車しないでしょ」

 震災前、休日の日課は草刈りだった。といっても、駐在所の敷地ではない。妻の秀子さん(61)と、雑草が生い茂り視界を遮る交差点付近で鎌を握った。「見晴らしがいいと事故防止になる。町が明るいと犯罪防止になる。だからするんです」

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 唱歌「故郷(ふるさと)」のサイレンが午後5時を知らせると、宇佐川さんが席を立った。村では3日夜、キャンドルの炎が小高い丘を照らすイベント「冬あかり」が開かれた。宇佐川さんも、交通整理の仕事で毎年参加している。

 会場へ向かう車窓越しに、なお傾いた電柱やブルーシートの掛かった家屋が目に入る。「あそこの家は小さい女の子がよく外で遊んでいてね。地震後、引っ越したみたいだけど」。かつての光景を思い出し、悲しくなることもある。

 宇佐川さんは3月、再任用の期限を終えて退職し、4月から隣の大津町の実家に住む。

 イベント会場での食事休憩中、今の心境を尋ねてみた。「そうねえ」。熱々のだご汁をほおばりながら宇佐川さんは考え込んだ。地域には、地震で家族や家を失った人たちがいる。村の人口は7千人を切り、断層の上に住宅を再建できるか不安がっている人もいる。「やり残したことはまだたくさん」。警察官人生の最後を迎えるこの村には、特別な思い入れがある。

 すっかり日が沈み、復興を願う約3千個の炎が山肌に輝く。「この祭りには来年以降も行きたいね」。宇佐川さんはだご汁を飲み干すと、警棒を手に取り再び交通整理に向かった。

=2018/02/08付 西日本新聞朝刊=

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