「地震、恨めしい」「必ず復興します」 熊本地震2年 益城・南阿蘇・西原で追悼式 [熊本県]

益城町の木山神宮であった追悼の集いで、手を合わせ黙とうをする住民
益城町の木山神宮であった追悼の集いで、手を合わせ黙とうをする住民
写真を見る
西原村の追悼式で涙ぐむ遺族ら
西原村の追悼式で涙ぐむ遺族ら
写真を見る
東海大阿蘇キャンパスで学生(左)の話に聞き入る「南阿蘇・黒川ウオーク」の参加者
東海大阿蘇キャンパスで学生(左)の話に聞き入る「南阿蘇・黒川ウオーク」の参加者
写真を見る

 熊本地震の被災地では15日、益城町や南阿蘇村、西原村で追悼式が営まれた。神殿が倒壊した益城町の神社では追悼のキャンドルがともされた。県庁では復旧と復興をテーマに有識者が意見を交わした。

 震度7の激震が2度観測された益城町は、43人(直接死20人、震災関連死23人)が犠牲になった。約260人が参列した追悼式で、遺族代表の久保征明さん(75)は、妻益子さん=当時(72)=について「まだ一緒に老後を過ごしたいと思っていた。尊い家族の命を奪った地震を恨めしく思う。前へ向いて歩きださねばなりません」と語った。

 同町木山の木山神宮ではキャンドルや竹灯籠など350本に明かりをともした。4月から倒壊した神殿の分解調査を始めたばかり。矢田吉定宮司(67)は「2年がたって、住民から早くお宮を作りたいという声が上がった。やっと一歩踏み出したと思う」と話した。

 西原村では、日置和彦村長が「西原村は必ず復興します。災害に強い村をつくるので遠い空から見守っていてください」と8人の犠牲者(直接死5人、関連死3人)に呼び掛けた。

 南阿蘇村は犠牲者30人(直接死16人、関連死14人)を追悼した。吉良清一村長は「4月16日を私たちは永遠に忘れることはない。犠牲になった方の思いを心に刻み、村を次の世代に引き継いでいきたい」とあいさつ。式典後、遺族や関係者は、東海大生3人が亡くなったアパート跡地や、地滑りで5人が亡くなった高野台分譲地、宿泊客2人が犠牲になった「ログ山荘・火の鳥」などに花を供えた。

 同村黒川地区では、被災地の現状を歩いて知る「南阿蘇・黒川ウオーク」があり、約80人が参加。語り部活動をしている東海大農学部3年の古堅あさひさん(22)は「あの日、全て変わってしまったが、人の絆など変わらないものもある」と話した。

=2018/04/16付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

ボートレース3連単直前予想

西日本新聞のイチオシ [PR]