被災地を歩く(上)宮城、岩手 住まいと絆の再生は両輪 「人が戻るか」が復興の基準 [熊本県]

岩手県陸前高田市の震災後、使われていない線路には小さな松が生えていた
岩手県陸前高田市の震災後、使われていない線路には小さな松が生えていた
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空き地が目立つ岩手県大槌町中心部の町方地区
空き地が目立つ岩手県大槌町中心部の町方地区
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仙台市の災害公営住宅を見回る川名清さんと妻の和賀子さん
仙台市の災害公営住宅を見回る川名清さんと妻の和賀子さん
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周囲の整備が遅れ、客足が伸びない宮城県気仙沼市の南町紫神社前商店街
周囲の整備が遅れ、客足が伸びない宮城県気仙沼市の南町紫神社前商店街
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 熊本地震から2年が過ぎた被災地で浮かび上がる心の問題や、復興事業を巡る行政と住民の時間軸のずれ…。熊本で顕在化した課題に、先に直面した東日本大震災や阪神大震災の被災地はどう向き合っているのか。復興が進んだ先で起こり得る新たな課題は何か。日ごろ熊本で取材する記者たちが東北や神戸を歩き、熊本復興に向けたヒントを探った。3回に分けて報告する。

 海岸沿いの集落には無表情な砂地が広がり、交通の便がいいとは言えない内陸地域に災害公営住宅が点在する。復興の「ゴール」とは何だろう。そんなことを考えながら宮城、岩手の2県を巡った。

 仮設やみなし仮設の入居期限2年が迫る熊本の被災者たちは、自宅再建か災害公営住宅への入居かの岐路に立つ。2月にあった熊本市の災害公営住宅の抽選会。入居が決まった女性(75)は手をたたいて喜んだ。

 では、仮の住まいから移れば復興は終わるのか。

 「入居したときはこれで安心だと考えた。でも思い知ったよ、まだ震災は終わっていないんだって」。2014年に入居が始まった仙台市東部の災害公営住宅の町内会長、川名清さん(69)の言葉が胸に響いた。

 異なる仮設から集まった住人は、一からつながりを築く必要がある。自治体は仮設から退去した時点で「自立」とみなし、支援を縮小。対応を住人に委ねた。

 運動教室、手芸、健康マージャン…。住人の孤立を防ぎ、絆を結び直そうと川名さんはさまざまな交流活動を企画。月1回の茶話会の前には、独居の高齢者世帯を回って声を掛ける。

 川名さんは嘆く。「助け合いは大事だけど私も被災者。被災者同士で助け合うには限度がある」。住まいを確保しても、課題は「根雪」のように残る。

   *    *

 復興がうまくいっているかどうかは、どんな基準で判断すべきか。宮城で震災の取材を続ける地元紙のベテラン記者に疑問をぶつけた。答えはシンプルだった。「人が戻ったかどうかではないでしょうか」

 東北の被災地にその物差しを当ててみると、厳しい現実が見えてくる。

 東北有数の港町、宮城県気仙沼市。震災前は「街の顔」だった市中心部の内湾地区では、災害公営住宅の一角に設けた商店街で閑古鳥が鳴いていた。市が災害公営住宅の整備を優先した結果、周囲の住宅や店舗の再建と足並みがそろわず、にぎわいが戻っていない。

 津波被災地の区画整理の完了が予定より2年遅れ、民間分の土地利用の約4割が決まっていない岩手県大槌町中心部も空き地が目立つ。町の担当者は「いつもこの風景を見ていると、町が無くなる怖さがリアルにある」と漏らす。

 空き地が見渡せる大槌の高台に立ち、益城町の商店主の「今のままでは安心して次に進めない」という言葉を思い出した。店は町中心部で計画される区画整理の事業区域に入り、再建場所が決められない。事業はいつまでかかるか分からない。地域の将来のための事業が住民を不安にさせている現状は、熊本にもある。

   *    *

 熊本の「復旧・復興有識者会議」でも座長を務めた五百旗頭(いおきべ)真・前県立大理事長が議長だった国の東日本大震災復興構想会議は、提言で「地域社会の強い絆を守りつつ、災害に強い安全・安心のまちの建設を進める」と掲げた。では、東北の現実との落差をどう考えればいいのだろう。

 大槌町の若手職員は「住む場所がないと、人はつなぎとめられない」と語った。住人の交流に苦心する災害公営住宅の自治会長は「建物が再建されても、心の復興がなければ震災は終わらない」と言い切った。

 恒久的な住まいと、人と人とのつながり。二つが両輪として回らなければ、復興に向かう歩みは蛇行し、「ゴール」は遠ざかる。そんなことを東北の被災地が教えてくれている。

=2018/05/10付 西日本新聞朝刊=

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