被災地を歩く(中)福島、岩手 「家族の再生」復興の原動力 形それぞれ多様な支援必要 [熊本県]

子どもの居場所づくり活動「こぶたのポッケ」(福島県郡山市)で食卓を囲むひとり親家庭の子どもたち
子どもの居場所づくり活動「こぶたのポッケ」(福島県郡山市)で食卓を囲むひとり親家庭の子どもたち
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 熊本地震をきっかけに、家族の在り方を見詰め直したという人たちの話を何度も耳にしてきた。余震におびえ不自由な避難生活を共にして家族の結束が強まることもあれば、小さな亀裂が思いのほか広がり埋めがたい溝となることもある。東日本大震災から7年を迎えた東北を取材して、「家族の再生」が復興の大事な柱の一つであると感じた。

 岩手県陸前高田市などでシングルマザーの支援を続けるNPO法人「マザーリンク・ジャパン」の寝占(ねじめ)理絵代表は、大震災から2年たった頃から、子どもの不登校に関する相談を相次ぎ受けるなどいくつか気になる変化を感じたという。

 熊本も地震発生から2年を迎えた。自宅を再建して仮設住宅から退去する世帯が増える一方で、足踏みしている世帯との格差が広がっている。益城町のスクールカウンセラー女性がこぼした言葉を思い出す。

 「復興に向かう周囲から取り残されたと感じる親の焦りや不安は、子どもにじわーっと広がっている」

 子の心と親の心は、どこかでつながっているのだろう。熊本県教育委員会の2~3月の調査で、心のケアが必要な子どもはなお1768人。寝占さんたちが活動を続けるのも「親を支援することで、子どもの気持ちが回復する」と考えるからこそだ。

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 福島県郡山市の女性(39)は、震災をきっかけに家族の「これから」を考え直した。当時4歳の娘は父親に近づくと怒鳴りつけられ、女性のそばを離れなくなった。「子どもを守れるのも、子どもが最後に頼るのも母親の自分なんだ」。震災1年後、離婚に踏み切った。

 離婚したシングルマザーの多くが直面するのが、経済的問題だ。津波で自宅を失った岩手県沿岸部の女性(53)は、離婚後に支援団体とつながって救われた。相談員は戸別訪問で女性に米や野菜を提供したほか、民間企業の給付型奨学金を紹介した。女性は月5万~6万円を受け取り「蓄えを切り崩す中でとても助かった」と振り返る。

 子どもの居場所づくり、仮設住宅への戸別訪問、就労訓練…。岩手や福島の支援団体を取材して、震災で親や子を失ったり、配偶者と別れたりして新たな家族として歩み始める被災者にとって、数多くの支援の網があることが大切だと実感した。

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 熊本で2年間、被災地を歩いた中で印象に残る言葉がある。

 「家族が一緒ならなんとかなる」

 2016年の大みそか、益城町の仮設住宅で子や孫と一緒に年を越した当時61歳の女性から聞いた。支えてくれる家族、支えたい家族の存在が、被災者が前を向く原動力になっていると感じる場面に何度も出合った。

 蒲島郁夫知事は、恒久的な住まいの確保を「真の心の復興」と位置づける。家が建ち、道路が直るだけでなく、家族の関係がそれぞれの形で再びつむがれることが、一人一人の復興となる。

=2018/05/17付 西日本新聞朝刊=

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