「正しい終わり方」 オウム死刑囚刑執行 知事「最も記憶に残る事件」 [熊本県]

旧波野村(阿蘇市)で警官隊ともみ合うオウム真理教関係者=1990年8月26日
旧波野村(阿蘇市)で警官隊ともみ合うオウム真理教関係者=1990年8月26日
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県警の捜索が入った旧波野村のオウム真理教道場=1990年10月22日
県警の捜索が入った旧波野村のオウム真理教道場=1990年10月22日
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 オウム真理教の松本智津夫死刑囚(63)らの刑執行に、かつて教団が道場建設を進めるなどした旧波野村(阿蘇市)や松本死刑囚の出身地八代市の関係者は、当時の記憶をたどりつつ、複雑な表情を見せた。

 「村を守りたいが、法に基づいてしか対処できないもどかしさをずっと感じていた」。当時、村を管轄した一の宮署(現阿蘇署)の署長だった桑原政行さん(76)はこう振り返る。

 教団は1990年夏頃から山中で大規模な道場建設を進め、村と和解して撤退するまで住民と対立した。その後、教団が起こした地下鉄サリンなど一連の事件の公判で教団元幹部は「波野村で毒ガスの量産計画があった」と証言した。

 桑原さんは、松本死刑囚の刑執行について「あれほどの事件を起こした人物として、法によって死刑が執行されたのは正しい終わり方だった」と話した。

 松本死刑囚の両親と日常のあいさつを交わしていたという八代市の60代女性は「本人に会ったことはないが、事件後、八代市は特産のメロンが売れなくなるなど大迷惑を受けた。事件の被害の大きさを考えても、死刑になって良かったと思う」と淡々と話した。

 蒲島郁夫知事は定例記者会見で「最も記憶に残る事件であり、死刑執行を知ったときには、この時が来たのかということを感じた」と述べた。

=2018/07/07付 西日本新聞朝刊=

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