「胸のつかえ下りた」 オウムと闘った旧波野村の住民 「教団の姿見えないまま……」死刑執行 [熊本県]

旧波野村の山中に立つ「オウム真理教拠点跡地」の碑。周辺はうっそうとした森になっている
旧波野村の山中に立つ「オウム真理教拠点跡地」の碑。周辺はうっそうとした森になっている
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オウム真理教への捜索の模様を見守る旧波野村の住民たち=1990年10月22日
オウム真理教への捜索の模様を見守る旧波野村の住民たち=1990年10月22日
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 山深い東外輪山の集落が揺れたオウム真理教の旧波野村(現阿蘇市)進出騒動から28年。地下鉄サリン事件などを首謀した松本智津夫死刑囚(63)や元幹部たちの刑が執行されたのを受け、波野を訪ねた。当時、村を守る強い意志と緊張の中で闘った住民たちは「ようやく胸のつかえが下りた」と語った。

 1990年。闘いが続いていたころ、拠点に近い集落では、信者を多く見かけたという。70代の女性が証言する。

 「夕方になると、信者が4人や5人と連れだって、うろうろする。住民とのトラブルも起きるし、怖くて女一人では畑に行くこともできなった。何とか子どもだけは守らないといけないという思いだった」

 住民たちは「波野村を守る会」を組織し、結束して闘った。代表世話人の一人だった高宮信一さん(72)は「教団はいったい何を目指していたのか。裁判を通して分かるだろうと思っていたが、(教祖の)証言がないまま裁判は打ち切られ、教団の姿は見えないまま終わった」と、胸中を明かす。

 信者になった子を連れ戻しに来た親が、地元の人に頼ることもあった。道場から逃げ出した信者を実家に帰す手伝いをした住民もいた。

 「田舎はみんな支え合って生活しているのに、こんな騒動が起きてと、ひどく動揺した。しかし、人口2千人ほどの小さな村だったからこそ、何があっても村を守り抜くと一致団結することができた」

 -つかえが下りたという旧村民たちの声である。

=2018/07/08付 西日本新聞朝刊=

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