「祖霊送り」の旗印がルーツか 天草市の一町田八幡宮「虫追い祭り」 15日、旗ざお立て練り歩く [熊本県]

風を受けて勇壮に揺れる色とりどりの旗
風を受けて勇壮に揺れる色とりどりの旗
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土器の線刻画の復元図。船に立てたさおに付いた多数の旗が描かれているという(岐阜県文化財保護センター提供)
土器の線刻画の復元図。船に立てたさおに付いた多数の旗が描かれているという(岐阜県文化財保護センター提供)
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岐阜県大垣市の遺跡から出土した約1800年前の土器。6本の竿と多くの旗の線刻画が描かれている(岐阜県文化財保護センター提供)
岐阜県大垣市の遺跡から出土した約1800年前の土器。6本の竿と多くの旗の線刻画が描かれている(岐阜県文化財保護センター提供)
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 長い竹に虹のような5色の布を付けた旗が風を受けて勇壮にはためく。そんな光景で知られる天草市河浦町の一町田(いっちょうだ)八幡宮の「虫追い祭り」が、15日に営まれる。弥生時代以降の古墳から出土した土器などに虫追い祭りに似た旗が描かれ、熱心なキリシタン領主だった天草氏との関連からも、研究者らは「祖霊送りが虫追いに変化していったのではないか」と指摘する。

 一町田八幡宮は、6月末に世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「崎津集落」から北東へ約9キロに位置する。伝承によると、約400年前に害虫が大発生して農作物が壊滅的な被害を受けたとき、信心深い高齢女性が氏神に奉納した絹布で田の害虫を追い払ったのが祭りの始まりとされる。

 祭りの当日は、神社で神事後、一町田橋までの川沿い約1キロを、氏子たち約100人が約20本の旗ざおを立てて練り歩く。長さ約20メートルの竹ざおには長さ2メートル50センチ、幅30センチの5色の旗が取り付けられる。

 奈良文化財研究所の元副所長、深沢芳樹氏(名誉研究員)によると、岐阜県や奈良県から出土した弥生時代末や古墳時代初期の土器や円筒埴輪(はにわ)に、旗ざおの線刻画が描かれており、約1300年前の常陸国風土記も「虹の旌(はた)」との記述がある。いずれも旗は葬送に使われることから、深沢氏は「死者を異界に送る旗印に使われたものではないか」という。

 祭りの起源とされる時期は、かつて一帯を治めた天草氏の時代は終わっていたが、一町田八幡宮の名誉宮司を務める田代主基男さん(93)は「天草氏が武士の守り神として神社を建立したとされ、縁が深い。神社は山手側の倉田地区にあったものを大正時代に現在地に移築した」と話す。氏子たちが練り歩くのが、神社から天草氏の居城地だったとされる一町田川下流の崇円寺前までというのも、歴史的な関連性をうかがわせるという。

=2018/07/12付 西日本新聞朝刊=

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