枯れた水源、水湧いた 「復興の兆し」住民ら喜び 南阿蘇村の塩井社 [熊本県]

水が戻った塩井社水源を見詰める広瀬さん(左)
水が戻った塩井社水源を見詰める広瀬さん(左)
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稲作ができない田を活用して落花生づくりを始めた前畑恵梨子さん(左)と山戸陸也さん
稲作ができない田を活用して落花生づくりを始めた前畑恵梨子さん(左)と山戸陸也さん
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熊本地震後に塩井社水源は干上がった=2016年4月撮影・前畑さん提供
熊本地震後に塩井社水源は干上がった=2016年4月撮影・前畑さん提供
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濁った水がたまった状態。水位は上がったり下がったりしていた=2018年5月撮影・同
濁った水がたまった状態。水位は上がったり下がったりしていた=2018年5月撮影・同
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 湧き水に恵まれ「水の生まれる里」の名を誇る南阿蘇村で、熊本地震後に唯一枯れていた塩井社水源が、透き通った水をたたえた元の姿に戻り始めた。地区のシンボルの復活に、住民らは「ようやく復興の兆しが見えてきた」と喜びに湧いている。

 コバルトブルーというのかエメラルドグリーンというのか。22日に塩井社水源を訪ねると、腕を伸ばせば底に手先が届きそうなほど透き通った水が池全体にたまっていた。

 「浅そうに見えるけど、おれの首くらいまである。ようやく、いつもの景色が戻ってきたな」。地元の宮総代を務める広瀬佐智男さん(66)は水源の縁に立ち、笑みを浮かべた。

 平安時代に創建されたという塩井神社の境内にある水源は神聖視され、地元では「おしおいさん」と親しまれてきた。夏場に子どもが泳いだり、水源から流れる水路で鍋を洗ったりと、日常生活とともにある。

 村によると、もともとの湧出量は毎分5トン。地震後、水源は干上がって池の底が見えるほどになってしまった。神社の拝殿も倒壊し、一変した風景に住民は肩を落としていた。

 日本名水百選に入る村内11の水源のひとつで、神社内に置かれたノートには住民や観光客から「またあのおいしい水が飲めますように」「水よ、湧け」などとメッセージが寄せられるようになった。

 村や住民によると、昨年の梅雨ごろから少量の水がたまり始めたが、池はどんより濁っていた。今年7月に入り、住民が濁った水をポンプで排出すると再び透明な水がたまり始め、水位もみるみる増えて水路にも水が流れだしたという。

 水が戻った理由ははっきりとせず、村や住民は「ポンプによる排水が湧出を促した」「地震でできた池の底の亀裂が埋まった」…などと推測する。水位を調査している農林水産省九州農政局は「雨が少ない季節になれば再び水位が下がる可能性もある」と楽観視はしていない。

 それでも、広瀬さんら住民たちは「まずは復興への一歩」と感慨深げだ。壊れた拝殿は県の復興基金を活用して本年度中に再建する予定という。

 塩井社水源の水は農業用水でもあり、近隣の水田55ヘクタールで活用されてきた。別の場所からくみ上げた地下水により大部分で稲作が継続されているが、神社近くの棚田には水が行き届かず、今年は地元の有志らが稲の代わりに落花生を植えた。

 企画したのは、2014年に水源近くへ移り住んだ前畑恵梨子さん(34)。「心のよりどころだった水源がなくなり、棚田まで枯れてしまった。地域を元気づけるため、何かしたかった」と、隣に住む県職員の山戸陸也さん(46)とともに田を借り受けた。オーナー制度を呼び掛け、県内外の20組が栽培に取り組む。

 水が戻るのは数年先と覚悟していただけに、青々とした水源に「何とも言えない、すごく幸せな気持ちになった」と前畑さん。久しぶりに水路を流れる水を見て、涙が出たという。

 来季は棚田でも稲作が復活する可能性があるが、落花生は地区の名産に育てたいといい、別の場所で栽培を続ける予定という。

=2018/07/26付 西日本新聞朝刊=

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