被災した受験生を支援「村営塾」 無償で指導 熊本・南阿蘇村の取り組み [熊本県]

南阿蘇中学で8月に始まった「村営塾」の授業。教員OBらが教室を回り、指導に当たっていた
南阿蘇中学で8月に始まった「村営塾」の授業。教員OBらが教室を回り、指導に当たっていた
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8月27日から2学期が始まった。数学を教える池田昌史教諭
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 新学期早々の震災だった。あの春、中学校に入学した生徒たちが、高校受験を迎える。南阿蘇村の南阿蘇中で8月、3年生を対象にした「村営塾」が開講した。来年2月まで週4日、村を挙げて数学と英語の学習を無償で支援する。同校は2016年4月、旧3村の中学が統合された村内唯一の中学。村営塾は、復興を担っていく次世代を育成する取り組みでもある。

 村に大手学習塾はない。村営塾には、3年生88人のうち76人が受講を希望した。基礎、標準、発展の3コースが設けられ、数学基礎の教室には初日、19人が集まった。

 講師を務めていたのは元小学校教諭の河野洋祐さん(63)。数学が苦手な生徒の多くは、小学5年ごろからつまずく。割合や速さなど抽象概念の学習が増えるからだ。この日も( )が入った計算で混乱する生徒がいた。

 数日後、河野さんはあえて「誤答」を生徒たちに示し、どこが間違っているのかを問い掛け、指導に工夫をしていた。

 村は本年度、村営塾への講師派遣に380万円の予算を組んだ。「学びを支援し、次世代の村の担い手が育ってほしい」。現在、1万692人の村の人口。地震前に比べ約900人減少しており、村の住民流出への危機感は強い。

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 3年生を受け持ち、進路指導に携わる池田昌史教諭(42)は、南阿蘇中が統合校として誕生した2年前に赴任し、担任した1年生と一緒に学年を持ち上がってきた。一緒に熊本地震も体験した。

 前震があった4月14日夜は久木野地区のアパートにいた。2歳の長男と一緒に寝ていて、突然の揺れに、とにかく息子に覆いかぶさった。妻と生まれたばかりの長女も無事だった。

 翌15日には新入生歓迎遠足が予定されていた。実施の是非は教員間でも分かれたが「みんなが顔をそろえることが安心につながる」と予定通り実施。16日未明、本震に見舞われた。

 妻子は福岡県へ避難させ、自分は学校に泊まり込んで生徒らの安否確認に追われた。「全員、無事」。胸をなで下ろした。ただ、体育館は避難所となり、ピーク時には1200人が学校で生活した。

 交通網が断たれ、通学問題にも頭を抱えた。統合に伴い、生徒たちはスクールバス5台で登下校していたが、阿蘇大橋が崩落し、立野地区が孤立状態に。渓谷の対岸側にある中学に通うため、生徒たちの多くは親元を離れ、久木野地区にある通信制高校の施設で暮らすことになった。

 学校が再開した当初、生徒たちは「級友との久しぶりの再会にテンションが高かった」という。一方、面談やアンケートからは「集中できない」「地震が怖い」などの災害の爪痕が浮かび上がった。

 転機になったのは9月の体育祭と10月の文化祭だった。「共に未来に進みましょう」「つくり出そう未来への道」「咲かせよう 南阿蘇に笑顔を」。生徒会が中心になり、そんなスローガンが掲げられ、生徒たちは落ち着きを取り戻していったという。

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 今年4月にあった3年生が対象の全国学力テスト(国語、数学、理科)で同校は、県平均と全国平均を多くの教科で上回っていた。震災で、都市部への塾通いなどは難しくなったが、学校独自の「学習会」やボランティアの学習支援などが学びを後押ししてきた。

 今年の夏休み、3年生たちは午前中に「学習会」で教員たちの個別指導を受け、午後からは村営塾に通い、受験に備えた。

 まだ仮設住宅から通う生徒が十数人いる。村外の高校へ通う足となる南阿蘇鉄道やJR豊肥線の全面復旧もめどが立っていない。制約がある中、生徒たちは悩ましい進路選択に直面している。

 「なぜその高校に行きたいのか」「高校3年間をどう描いているか」。夏休みの三者面談で池田教諭は、難しくても将来を見すえしっかり考えるよう促した。志望校は、年末の面談で最終決定する。

 坂梨正文校長は「南阿蘇中で良かったと思える学校にするためにも、子どもたちの姿を見つめ、当たり前のことをより丁寧に、それぞれの進路実現を応援したい」と話した。

=2018/09/06付 西日本新聞朝刊=

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