水俣病は終わっていない 「日本がきちんとせんば」 坂本しのぶさんの足跡たどる企画展 [熊本県]

企画展には、1972年にストックホルムを訪れた際の坂本しのぶさんたちの写真も並ぶ
企画展には、1972年にストックホルムを訪れた際の坂本しのぶさんたちの写真も並ぶ
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 水俣市立水俣病資料館主催の企画展「ストックホルムからジュネーブへ~水銀汚染のない世界へ~坂本しのぶのあしあと」が19日、同市明神町の資料館で始まった。水銀による健康被害を直接、世界に訴えるため国際会議などで発言してきた胎児性患者の坂本しのぶさん(62)らの足跡を紹介。初日は坂本さんがゲストで登壇し「水俣病は終わっていない。(水銀対策を)日本がきちんとせんば恥ずかしい」などと語った。

 1972年6月、坂本さんは母フジエさん(93)らと、第1回国連人間環境会議が開かれたスウェーデンのストックホルムを訪問。関連集会などに参加した。

 「出発前、行きたくなくて泣いた」と振り返った坂本さん。「この子ば見てください。水俣にはまだ(症状が)重か人がいます」とスピーチするフジエさんの姿に触れ、恥ずかしさも薄れていったという。何より、現地の人が「同じ人間としてみてくれた」ことがうれしかった。

 2017年9月、坂本さんは45年ぶりに欧州の地を踏んだ。スイス・ジュネーブでの水銀に関する水俣条約の第1回締約国会議。「女の人と子どもを守ってください。水銀のことをちゃんとしてください」と訴え、万雷の拍手を受けた。

 坂本さんには忘れられない場面がある。国際非政府組織(NGO)の女性が「心は誰よりも速く走っている」と言葉を掛けてくれた時だ。「一度でいいから全力で走ってみたい」と思い続けてきた坂本さんにとって「そんなふうに言ってくれたことがうれしかった」という。

 水俣病の全面解決も、国際的な水銀規制を目指す水俣条約の実効に向けた議論も、道のりは遠い。坂本さんは「水俣に来て、みんなで学んでほしい。どうして水俣病が起きたのか、考え続けてほしい」と語った。

 企画展では、ストックホルムとジュネーブを訪れた際の坂本さんらの写真約20枚のほか、胎児性患者の仲間たちが坂本さんに寄せ書きしたTシャツや、映像記録など35点を展示。5月6日まで、月曜休館。資料館=0966(62)2621。

=2019/01/20付 西日本新聞朝刊=

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