進学か就職か…熊本地震3年、再び岐路に立つ16歳 [熊本県]

地震後の高校受験や部活動、将来のことについて語る佐藤さくらさん(左)と父桂輔さん。後ろは夕飯の準備をする母由美子さん
地震後の高校受験や部活動、将来のことについて語る佐藤さくらさん(左)と父桂輔さん。後ろは夕飯の準備をする母由美子さん
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 受験シーズンもいよいよ本番。2016年4月の熊本地震は、被災地の受験生にとっても試練だった。南阿蘇村次世代定住課の佐藤桂輔係長(43)の長女さくらさん(16)もその一人。当時中学3年生だったさくらさんは、熊本市の県立高校に進学。2年生になった今は生物部の部長を務め、部員一丸で取り組んだ昆虫の生態研究が昨年末、全国コンクール九州大会で最優秀賞に輝いた。家族は娘の成長に、少しずつ復興が進む村の姿を重ねている。

 両親や祖母ら計10人で暮らす佐藤さん一家の自宅は、村役場近くの久木野地区にある。本震の日、桂輔さんと妻由美子さん(43)、娘3人は1、2階に分かれて寝ていて「ベッドが跳び上がった」。地震直後、夫妻は一緒に寝ていた末娘に覆いかぶさり、隣室から来たさくらさんに「大丈夫?」と声を掛けられ、われに返った。

 桂輔さんは家族の無事を確認後、履物を配り、車に誘導した。消防団員だったため、集落を回って救助に当たった。ガラス片で足をけがした人もいた。

 自宅は一部損壊で、家族はしばらく敷地内で車中泊。桂輔さんはそれから約1カ月間、分庁舎の持ち場で業務に追われ、家に帰れない日が続いた。

 さくらさんが通っていた南阿蘇中は当時、統合校として発足したばかり。授業は5月の連休明けから再開されたが、避難所となった体育館から通う級友も少なくなかった。

 「地震を言い訳にせず、前を向こう。君たちは受験生なんだから」。担任の先生からはそう言われた。

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 不安と焦りの中、先生たちが放課後、苦手の英語などを個別に指導してくれた。支援物資として学校に届けられた受験参考書も「ありがたかった」。

 「受験は団体戦だからな」。担任の言葉に、生徒同士の学び合い、教え合いの輪も広がった。

 志望校は三者面談で絞り込まれていった。「行きたい所に行きなさい」と言う桂輔さんに、さくらさんは「将来、公務員になりたい」と話した。桂輔さんが中学入学祝いに贈った冊子「日本の仕事」を参考に、そう決めたという。

 涙があふれた卒業式の後、県立高校の合格発表。さくらさんは由美子さんと一緒に高校に行き、自身の受験番号を見つけて小躍りしたが、番号がなかった同級生もおり「素直に喜べなかった」。酷な明暗だった。

4月から高3…進学か就職か 震災3年再び岐路に

 高校では憧れの先輩に誘われ、生物部に入部。頭を痛めたのは通学の足である路線バスのダイヤだった。

 村と高校をつなぐ俵山トンネル(約2キロ)は、地震の年のクリスマスイブに復旧。さくらさんは片道1時間かけてバス通学していた。午前5時すぎに起床、6時発のバスに乗るのだが、問題は帰路。学校最寄りのバス停からの最終便は当時午後6時半ごろで、部活動もままならなかった。

 生徒や保護者の陳情要望を受け、ダイヤは17年10月に改正され、帰路の最終便は午後7時20分になった。陳情の中では、バス会社も地震後、運転手の人手不足や被災地事情を考慮し、難しい舵取りを強いられていることも分かったという。

 さくらさんは部活動にも打ち込めるようになったが、帰宅は午後8時半。「毎日、フラフラになって帰ってきますよ」と桂輔さんは話す。

 それだけに昨年12月、水俣市であった中高校生の生物・化学部の研究発表会「サイエンスキャッスル」の九州大会で、さくらさんらの研究が最優秀賞を受賞したことは、家族の喜びでもあった。

 テーマは「昆虫はいつ、どのように体温を調整しているか」。チョウやトンボが、自らや太陽光で体温を上昇させ、飛び立つ習性をデータで裏付けた。

 「2人一組でデータを集め、パソコンに打ち込んで分析し、仮説を立証するところが大変だけど面白い。チームの勝利」とさくらさん。桂輔さんは「1年生の頃は、アブラムシの数を一生懸命数えてましたね」と笑った。

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 大学入試センター試験(1月19、20日)を終え、2年生はもう「3年ゼロ学期」。クラスはすでに受験モードに入っている。

 4月から3年生になるさくらさんは、大学を受験せず、公務員試験を目指そうと考え始めている。

 「小学生の妹が2人いて、娘なりに気を使っているような気もしてね。もう少し、話してみようと思っているんですよ」。桂輔さんはそう話す。

 村では今月15日、最初の災害公営住宅が完成する。3月には、被害が大きかった立野地区でも40戸が完成し、11月に計94戸の整備が終わる予定。復興に向けた定住人口の拡大に向けて、桂輔さんの業務も正念場を迎える。

 地震から3年。わが子とともに、家族も新たな岐路に立つ。

=2019/02/07付 西日本新聞朝刊=

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