南阿蘇村立野地区に災害公営住宅40戸完成 入居30戸にとどまる [熊本県]

南阿蘇村立野地区に完成した災害公営住宅の前で、吉良清一村長から入居者を代表して鍵のレプリカを受け取る中島幸代さん(右)。後方の山肌には地震や豪雨の爪痕が残る
南阿蘇村立野地区に完成した災害公営住宅の前で、吉良清一村長から入居者を代表して鍵のレプリカを受け取る中島幸代さん(右)。後方の山肌には地震や豪雨の爪痕が残る
写真を見る

 熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村立野地区に22日、災害公営住宅40戸が完成し、現地で落成式があった。当初41世帯の応募があったが、辞退が相次ぎ、今回入居するのは30戸。代表して鍵を受け取った中島幸代さん(84)は「うれしいけれど、周囲の風景や今後の暮らしを考えると複雑な気持ち」と話した。

 同地区は地震前、斜面に約360戸が軒を寄せ、阿蘇観光の玄関口でもあった。地震では阿蘇大橋や斜面が崩落し、住民の多くが村外での避難生活を強いられた。2017年10月末には長期避難指定が解除されたが、今回の災害公営住宅への入居者を含めても、帰還率は4割にとどまる。

 中島さんは地震時、九州電力の貯水槽が決壊し、夫婦が亡くなった新所地区で被災。自宅は半壊し、大津町の仮設住宅で独り暮らしを続けてきた。当初は自宅再建を目指したが、立野地区で暮らす知人とも話す中で「これからの人生やお金」を考え、苦渋の選択をしたという。

 復旧工事は進んでいるが、今も山肌には地震や豪雨の爪痕が残り、「古里での生活を手放しでは喜べない」と中島さん。それでも「仮設住宅では、いろんな人に助けてもらった。これからも仲良く、丸く暮らしていきたい」と前を向いた。

=2019/03/23付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]