映し出す被災地の明暗 支援と特需 復興へ(5)

人通りが戻りにぎわう熊本市中心部の下通アーケード=11日夜
人通りが戻りにぎわう熊本市中心部の下通アーケード=11日夜
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 雑木に囲まれた郊外にある熊本県甲佐町の白旗仮設団地には、熊本地震の被災者88世帯が暮らす。4月になっても朝夕は冷える。独居男性(76)が自室でテレビをつけると、同県益城町の大規模仮設団地で住民と大学生が交流するニュースが流れた。「何で向こうだけなんだって思うよ」。チャンネルを変えた。

 昨年6月初旬、県内で最初の仮設住宅として開設され、県内外からボランティアが駆け付けた。各地に仮設が増えるにつれて応援組も散り、夏が終わるころには波が引くように姿を見なくなった。

 益城町へ個人や企業から直接寄せられた義援金は10億円超。周辺自治体は1億円に届かない。最大震度7の地震が2度起きた益城町は当初から、象徴的な被災地として繰り返し報道され、今も支援が続く。

 同じ上益城郡の甲佐町も2574棟が被災した。静まり返った白旗仮設で、自治会長の平雄二郎さん(76)は「被災した一人一人に痛みがある。差があるのはどうか」と語った。

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 明治から昭和初期の木造3階建ての旅館が並ぶ同県八代市の日奈久温泉。「熊本地震の日奈久断層帯」として名が知られ、客足が遠のいた。阿蘇や熊本城に比べ被害は小さかったが、予約のキャンセルが600件に上った旅館もあった。

 昨夏、総額約180億円に上る国の観光復興キャンペーン「九州ふっこう割」が始まり、何とか息を吹き返した。それでも地元で旅館を経営する松本寛三さん(63)は「日奈久温泉全体では、まだ地震前の5、6割程度」と言う。

 温泉街は地震前から課題に直面していた。経営者の高齢化と後継者不足。「もう少し先だろうと思っていた決断が、地震に見舞われて目の前に迫ってきた」。地震を区切りに廃業した旅館もある。

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 熊本市中心部の飲食店で、男性店主(61)は「復興するけん出ていけだと。地震で製氷機やエアコンが壊れて修繕に230万円もかかったのに」と憤った。

 入居ビルは築40年近く。オーナーは地震を機に建て替える予定で、二十数軒が立ち退きを迫られている。新たな契約更新では賃料が跳ね上がると、もっぱらのうわさだ。「減った客足がやっと戻ったとに」

 被災者の多くが生活再建に不安を感じる一方で、地場経済は潤い始める。不動産業の男性(45)は「一段落したら親に家ば建ててやらにゃんたい」。

 特需の恩恵にあずかる人、あおりを受ける人。夜の街は被災地の明暗を映し出す。12日午前0時すぎ、日付が変わった繁華街で、人通りが絶えることはなかった。

 =おわり

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=

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