悲しみ胸に、でも前へ 熊本地震1年、「更地見ると寂しさが…」

地震で亡くなった村上ハナエさん、正孝さん親子の自宅跡で手を合わせる住民ら=14日午前10時7分、熊本県益城町
地震で亡くなった村上ハナエさん、正孝さん親子の自宅跡で手を合わせる住民ら=14日午前10時7分、熊本県益城町
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地震で亡くなった荒牧不二人さんの自宅跡を訪れ、手を合わせる井手幸代さん(右)と光永ひとみさん=14日午前10時12分、熊本県益城町
地震で亡くなった荒牧不二人さんの自宅跡を訪れ、手を合わせる井手幸代さん(右)と光永ひとみさん=14日午前10時12分、熊本県益城町
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地震で1人が犠牲になった現場のそばを登校する児童=14日午前7時31分、熊本県益城町
地震で1人が犠牲になった現場のそばを登校する児童=14日午前7時31分、熊本県益城町
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 更地になった街で、花咲きほころぶ大桜の前で、亡き人を思い手を合わせる人たちがいた。関連死を含め225人が犠牲になった熊本地震の発生から14日で1年。激震地の児童はかつて避難所だった体育館で支え合いの大切さをかみしめ、防災訓練に臨んだ行政職員はあの日の教訓をいま一度胸に刻んだ。なお癒えない深い傷と悲しみ。被災者たちは澄み渡った青空を見上げ、再起を誓った。

 ◆益城町

 熊本県益城町惣領。1年前に亡くなった荒牧不二人さん=当時(84)=の自宅は取り壊され、更地になっていた。14日午前6時前、60年来の友人、西村治信さん(83)=同町古閑=が姿を見せた。「あっという間。まだ、実感がないよ」。自宅でカラオケ教室を営んでいた荒牧さんから歌の指導を受けていた井手幸代さん(63)は、自宅跡にリンゴジュースと花を供えた。

 教室には約6年間、週3回通った。レッスン中、下から突き上げるような揺れに襲われた。一緒にがれきの下敷きになった。「『先生』と何度も呼んだが返事はなかった」と井手さん。以来、涙がこみ上げ歌えなくなった。

 同町木山で亡くなった村上ハナエさん=同(94)=、正孝さん=同(61)=親子の一周忌が自宅跡で、近隣住民約15人の手によって開かれた。村上さんが栽培した野菜を買っていたという近所の島田靖枝さん(61)は「更地を見ると寂しさがこみ上げる。どうか安らかに休んでください」と静かに手を合わせた。

 最大800人の避難者が身を寄せ、約4カ月間避難所となった町立広安西小体育館。この日午前、全校朝会が開かれ、児童約740人が黙とうした。

 井手文雄校長は「この1年で、力を合わせる大切さを学び成長しました。身に付けた素晴らしい力を確かめ合い、明日に向かいましょう」。心理的なケアを必要とする児童もいる中、前を向くことを呼び掛けた。

 ◆熊本市

 復旧工事が本格化した熊本城(熊本市中央区)。同市中央区の主婦田中千春さん(66)は、地震で自宅が半壊した。「熊本城は熊本のシンボル。いつも見上げて励まされてきた。早く元の姿に戻ってほしい」と再起への思いを重ねた。

 熊本市は午前6時、病院局と消防局を除く全職員約8700人の安否確認訓練と管理職の参集訓練を実施した。対象の87%が1時間以内に安否を確認できた。大西一史市長は「大混乱に陥った1年前の経験を忘れず、訓練を重ねていきたい」と表情を引き締めた。

 ◆南阿蘇村

 熊本県南阿蘇村では、桜の名所で満開となった「一心行の大桜」に早朝から観光客が訪れた。桜祭りの運営に携わる福本るみ子さん(63)は「何かに役立ててほしいと募金をしてくれた来場者もいた。多くの人に村に来てもらうことが支援になる。観光客を迎えられるよう、できることをやっていきたい」と力を込めた。

=2017/04/14付 西日本新聞夕刊=

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