熊本激震…最前線ドキュメント(1) 首相指示 「青空避難を解消せよ」

前震発生後、情報収集に追われる熊本県災害対策本部=昨年4月14日、熊本市
前震発生後、情報収集に追われる熊本県災害対策本部=昨年4月14日、熊本市
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 熊本地震の発生から1年が過ぎた。最大震度7の激震に2度見舞われた被災地では当時、市町村、県、政府が被災者支援の使命を背負い、職員たちが不眠不休で対応に当たった。

 だが現場は混乱を極めた。救援物資は被災者の元に届かず、初動対応に多くの課題を残した。行政同士の不信感、駆け引き、意思疎通の不足。それは今も復旧復興に影を落とす。

 舞台裏で何が起きていたのか。緊迫の日々から1年を迎え、最前線にいた関係者が口を開き始めている。証言をもとに当時の状況を再現すると、数々の教訓が浮かび上がってきた。六つの視点で検証した。

 首相の安倍晋三(62)は、熊本地震の「前震」が発生した昨年4月14日夜、都内のフランス料理店にいた。車を飛ばして首相官邸に戻り、直後に発した一言が混乱の始まりだった。

 「なぜ、避難者が寒空の下にいるんだ」

 危機管理センターのモニターにはNHKや民放の臨時ニュースが流れていた。熊本県益城町役場の駐車場に避難者が詰め寄せ、毛布にくるまる姿を映し出していた。

 鶴の一声は側近、官僚を通じて瞬く間に熊本県庁に届いた。新館10階の災害対策本部で、県総務部長木村敬(42)の携帯電話が鳴った。「青空避難者をただちに収容せよ」。木村は知事蒲島郁夫(70)の東大教授時代の教え子で、総務省から派遣された最側近の一人だ。

 間断なく余震が続いていた。一晩で震度5以上の地震だけでも7回を数えた。「皆、屋内にいるのが怖くて外にいるんです」。木村は電話口で何度も叫んだ。東京からの電話は一晩中鳴り続けた。

 15日、政府現地対策本部長として内閣府副大臣の松本文明(68)が県庁に入った。普段は温厚な蒲島が目をつり上げた。「現場が分かっていない」

 次々に舞い込む被害情報と救急要請。現地は救命率が急落するとされる災害発生から「72時間」を意識した対応を最優先していた。そこに各省庁から優先度の低い指示や問い合わせが相次ぐ。「住民基本台帳システムはどうなっているのか」「県の災対(災害対策)本部に官邸とのテレビ会議用の大型モニターを置かせてくれ」-。

 指揮に当たった県幹部は「上から目線の指示に苦慮した」と顔をしかめる。ぎくしゃくした国と県の関係。16日未明、再び最大震度7の「本震」に襲われ、混乱に拍車が掛かる。

 避難所外避難 熊本地震では、県内63カ所の指定避難所が天井の落下などで、施設の一部または全体が使用できなかった。余震も頻発し、多くの人が避難所外への避難を余儀なくされた。こうした避難者への対応について、県の初動対応検証報告書は「車中泊、テント泊、自宅の軒先など指定避難所以外に滞在する被災者の実態把握は困難で、物資の支援や情報提供が十分でなかった」と指摘。(1)消防団や自主防災組織と連携した情報把握(2)物資提供体制の整備-などが必要と総括した。

※敬称略、肩書は当時、年齢は現在

=2017/04/15付 西日本新聞朝刊=

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