2010年6月15日

絵本「いのちをいただく」 食への感謝 反響広がる

 先週の当欄で紹介した、熊本市食肉センターで解体作業に携わる坂本義喜さん(52)の体験談を基にした絵本「いのちをいただく」(文・内田美智子、絵・諸江和美)。学校現場で活用されるなど、さまざまな形で反響が広がっている。 (座親伸吾、長谷川彰)
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「いのちをいただく」を中学3年生への読み聞かせで、朗読する元教員の甲斐由美子さん。ざわついていた教室は次第に静かに=昨年12月下旬、福岡市の梅林中学校

福岡・梅林中 読み聞かせ
考えるきっかけづくり

 「今日の反応は、どうかな…」。元教員の甲斐由美子さん(61)は昨年12月下旬、ボランティア仲間とともに梅林中学校(福岡市城南区)を訪れた。  午前8時半。高校受験を控えた3年生の教室。生徒たちとあいさつを交わした後、静かに朗読を始めた。  〈坂本さんは食肉加工センターに勤めています。牛を殺して、お肉にする仕事です。坂本さんはこの仕事がずっといやでした-〉  福岡県内では、食育や総合教育の熱心な取り組みで知られる梅林中。地域住民らのボランティアグループによる本の「読み聞かせ」は2005年に始まった。「本に触れ、物事を考えるきっかけに」と、月1回のペースで、さまざまなテーマの作品を生徒たちに向け読んできた。  甲斐さんがこの日選んだのが「いのちをいただく」。食材を得るために「牛を殺す」という具体例を通して、食べること、生きること、人と動植物の命のつながり-について考えさせられる物語だ。

 朗読が進むに連れ、眠たそうに下を向いていた生徒が1人、2人と、顔を上げていく。
 畜産を営む男性が、食肉処理に出した牛を「みいちゃん」と名付けて親しんでいた孫娘に語りかける。
 〈食べてやれ。みいちゃんにありがとうと言うて食べてやらな-〉
 朗読は10分で終わった。
 生徒の一人、瀬川恭平君(15)は「豚のしょうが焼きとか好きだけど、誰かが牛や豚を殺して肉にしてくれるから食べられると深く考えたことは、無かった」。吉行香乃さん(14)も「祖父の農作業を手伝うことはあるけれど、農作物や食肉がどうやってできるか具体的には知らない。親に言われて、食べ物への感謝は頭では分かっているつもり。でも、普段から忘れずにいるのは難しい」。生徒たちは率直に、そう語った。

 甲斐さんは昨年6月、元同僚の養護教諭に勧められ、この本を手にした。
 「家畜を長年育ててきた生産者もまた、“愛情のたまもの”を自らのみ込むつらさを味わう。そこに携わる人たちの、素朴だけれど『生きた言葉』だからこそ胸に響いた」と振り返る。
 都市部で暮らす生徒の多くは、生きものを食肉にする実際の現場を見る機会など、まずない。「『食べ物を大事にしなさい』と百回言うよりも、この本を読むほうが心に届く」と取り上げることを決め、校長からも「全クラスで読んでほしい」と要望された。
 読み聞かせの際、大げさな抑揚はつけない。ただ、命のやりとりに触れる最後の場面だけ、「生徒たちが情景を思い浮かべやすいように、ゆったりと読む」ことを心がけた。
 スーパーに行けば、いつでもふんだんに肉、魚、野菜、コメが並んでいる。お金を出せば、手を汚すことなく豊富な食材を手に入れることができる時代。
 甲斐さんは冷静だ。「こうした本を読んで、即座に考え方が変わるとも思わない」。それでも「私たちの役目は、考えるきっかけづくり」と期待をつなぐ。

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「いただきます」学ぶ 福岡・前原小 道徳授業の題材に

 福岡県糸島市の前原小学校では、3年生の担任教諭、友池奈緒さん(32)が昨年10月、「いのちをいただく」を道徳の教材に利用。作中に登場する坂本義喜さんの息子、しのぶ君と同年代の児童と一緒に同書が発するメッセージを考えた。  授業ではまず、本のタイトルについて印象を問うた。「命を取ること、奪うこと、だから、いけない」。否定的な声が多かったという。作者の了承を得てスライド映像化した挿絵を見せながら物語の筋を追い、適宜、登場人物たちの心の動きについて語り合った。  児童はこんな感想を寄せた。「みんな命だから、残したら命をむだにするのと一緒。ごはんつぶ一つも残さず食べようと思う」「生き物をもっと大切にしたい。学校で育てている魚もころさないように育てる」「『いただきます』という言葉は、けっして悪い言葉じゃないことに気づいた」  友池さんは保護者向けの学級通信にこう書いた。  「食べることにかかわっている『いのち』は、食べ物=生き物たちの『いのち』だけではないと考えます。作っている方お一人お一人の『いのち』=命の時間を使って、食卓へ届けられるものということも子どもたちに伝えていきたい」  「一回一回の食事が、子どもたちへの『あなたが大切だよ』というメッセージであり、毎日の積み重ねによって、子どもたちはおなかだけでなく、心も満たされていくのだと」  授業後、友池さんの学級では「給食の食べっぷりは変わりましたね。完食が続いています」という。

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ブログで共感つづる 神奈川の作家廣瀬さん

 〈深く深く息をしながら読んだ。鼻の奥がツンとした。胸がいっぱいになった。わたしたちは、何かの生命を食べないと生きていけない。食べ物は、生命でできている。でも、いまは、生命だという意識がとてもうすい。残念なことだし、悲しいことだし、怖いことだと思う〉  神奈川県に住む作家廣瀬裕子さん(44)は、昨年12月、絵本「いのちをいただく」を知人から勧められた。一読し、インターネット上の自身のブログ(日記風サイト)に、そう記した。  小学生のころ、母親が入院し、後にがんだったと知った。食べ物に関心を持ち、家庭健康法を実践するようになった。20代でマクロビオティック(食事療法)に出合い、体だけでなく、心にも影響を及ぼす食べ物の力を知った。「日々、気持ちよくすごすこと、その人らしいしあわせを見つけること」を念頭に文筆活動を続けている。  この本が手元に届く前日、食べ物についてエッセーを書いたばかりだった。読後、「書きながら思っていたことは『いのちをいただく』と同じ」と共感した。  「自分の命も支えられて生きていること。生かしてくれる命があること。それを自分なりに伝えたい」と、個人的に仲介役を買って出て、興味を持った知人やブログの読者に、もう80冊近く送り届けた。

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 絵本「いのちをいただく」(1260円)の問い合わせ先は西日本新聞社出版部=092(711)5523。
 ※西日本新聞ネット書店からもご購入できます→ http://shop.nishinippon.co.jp/asp/ItemFile/10000238.html

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=2010/01/17付 西日本新聞朝刊=

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