2010年6月15日

絵本「いのちをいただく」 福岡・久留米筑水高 ニワトリ飼育し食肉解体

 当欄では2週続けて、絵本「いのちをいただく」(文・内田美智子、絵・諸江和美、西日本新聞社)が発する、食と命にまつわるメッセージについてお伝えしてきた。それと趣旨を同じくする教育実践に、10年以上取り組んでいる現場がある。生徒が自らの手でニワトリの飼育から食肉解体までを体験する、久留米筑水高校(福岡県久留米市)の「命の教育」。愛情、畏怖(いふ)、感謝…。生徒の思いが葛藤(かっとう)する授業を見学した。 (座親伸吾、長谷川彰)

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自分で育てたニワトリを解体していく生徒。「できるだけ、傷付けたくない」と慎重に包丁を握る=昨年12月、福岡県久留米市の久留米筑水高校

「嫌だ」「怖い」…「ありがとう」

 生徒の手の中でもがくニワトリは、のどがつぶれたような、聞いたこともない鳴き声を上げていた。「嫌だー!」。何人かの生徒の耳にはそう聞こえた。  同校の食品流通科1年の生徒40人は昨年12月3日、実習室に立った。2カ月間、大切に育ててきたニワトリを食肉解体する日だ。  2人1組で、1人がその体を支え、もう1人が目を隠すように頭を持ち、首筋に包丁の刃を当てた。手が震え、恐る恐る引く。羽毛で滑って切れない。2度、3度…。力が入らない。  思わず顔をそらし、介助の指導教諭に訴える。「できない。無理…」。教諭は「目を離すな!」と叱咤(しった)し、手を生徒の手に重ねて力を込めた-。  血抜きのため逆さの状態で放血器につるす。  「かわいそうというより…」。古殿都姫(みやび)さん(15)は目が真っ赤だ。  実習のために育てると頭では分かっていたが、ひよこの時に「ありがとう」の思いを込め「あとちゃん」と名付け、かわいがってきた。実習前日に写真を撮った。思い出に胸がつぶれそうだった。でも、自らの手で処理した瞬間、抱いた感情は前日の感傷とは違った。ただただ、怖かった。

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 同校で、もう13年続く「命の教育」。同科の真鍋公士教諭(48)は「生命の温かさ、尊さに触れることで食べ物への感謝の気持ちも生まれる」と意義を語る。
 生徒たちは9月中旬、生まれたばかりの卵を各自受け取った。ふ卵器でふ化を見守り、ひよこがかえると当番制でエサや水やり。「親代わりに育てる面白さ、やりがい」があった半面、「ほかの科の生徒は土日に休んだり部活をしていたりしても、私たちはひよこの世話」。室温や体調を毎日管理する。成育中に命を落とす場合もあり、過去には飼育室で寝泊まりする子もいた。大量のふんの片付けは鼻を突く悪臭にまみれる。ある女子生徒は世話を終えバスで帰宅中、乗客が「臭い」とささやくのを聞いた。
 「やりがいや喜びばかりじゃなく、つらさ、大変さも全部ひっくるめて向き合ってこそ、生命が実感される」と真鍋教諭。「その結果として、なぜ、食事の前に『いただきます』、後に『ごちそうさま』を言うのか、これまで中身の伴わなかった感謝の気持ちも分かるはず」と語る。

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 血抜きが終わった。解体作業に移る。生徒たちは動揺を隠せないまま、湯の中に浸し羽毛を抜いていく。教諭の指導を受けながら、宮園宇裕(たかひろ)さん(16)は手羽の付け根の筋を切り、内臓を取り出した。包丁はゆっくり慎重に。「できるだけ、傷付けたくないです」。ボソリと言った。
 解体終了。処理したばかりの肉を水炊きにした。全員が緊張から解放されたようにおわんによそう。
 記者も一杯薦められた。正直、はしが進まない。見回すと、同様に食べにくそうにしている生徒もいる。
 「嫌だ」「怖い」と泣いていた生徒の何人かは、おかわりして平らげた。「だっておなかが減ったし、粗末にできない」「ちゃんと食べてあげたいから」
 古殿さんは言った。「動物の首を切るなんて初めてで、怖かった。でも、『あとちゃん』が自分のために命をくれたと後で分かって、そしたら涙が止まらなくて」。将来はパティシエの仕事をしたいという。「この気持ちは、いつまでも大事にしたい」
 食べ終え、全員が手を合わせた。「ごちそうさまでした」。少し憔悴(しょうすい)していた表情に、徐々に生気が戻ってきているように見えた。

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「身をもって教える」貫く
「命の教育」発案の元教諭 高尾忠男さん

 「自分ができることは何か」。そう考えたのが始まりだった。  久留米筑水高校で1996年に始まった「命の教育」。発案者で、8年前に退職した元教員の高尾忠男さん(68)=福岡県久留米市=は当時を振り返る。  青少年をめぐる事件が社会問題化していた。暴走行為、いじめによる自殺…。「若者の、命に対する感覚の希薄さ。農業高校で教育に携わる者として、身をもって教える責任もあった」  試行錯誤の末、たどり着いたのがニワトリの飼育から解体までの実習だった。教師間の論議ではトラウマ(心的外傷)の影響、情操教育につながるかなど懸念が浮上。「自分のひよこは殺せない」と拒否反応を示す生徒もいた。実行すべきか動揺したが、根気強く説得を続け、初心を貫くと決めた。  実習後の生徒の感想文。「今は罪の意識が強くて、体験して良かったかどうか、心の整理が付かない」「ブロイラーに最後に言いたい。人間の勝手で殺したりしたけど、本当にありがとう」-。  受け止め方は千差万別でも、正面から向き合い、実体験した者にしか語れない心情がつづられていると感じた。「実践して良かった」。初めてそう思った。  退職後、「命の教育」をテーマに講演活動を続けている。いつも傍らに教え子を呼ぶ。“体験者”が自分の言葉で語る力に勝るものはないと思う。  「生徒も自分で食材を買い、親となって子どもを育てるようになる。命の尊さを学び、それを社会の中でどう実践できるか。卒業して環境は変わっても、問われるものは変わらない」

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 絵本「いのちをいただく」(1260円)の問い合わせ先は西日本新聞社出版部=092(711)5523。
 ※西日本新聞ネット書店からもご購入できます→ http://shop.nishinippon.co.jp/asp/ItemFile/10000238.html

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=2010/01/24付 西日本新聞朝刊=

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