2010年7月15日

むすび庵便り・八尋幸隆<6>他家受粉 可能性を生む「宝」―

鶏舎で有機農業の考え方について研修生に語る八尋幸隆さん(中央)

 「ぼくは今までずーっと変人と言われてきました」。うちの畑を見学に来たM君が笑いながら言いました。彼は別のところで研修して福岡県内で新規就農。ようやく軌道に乗ったという自信からか、別に気にしているふうでもありません。生活は決して楽ではないはずですが、夫婦で力を合わせてやってきたという、満ち足りた雰囲気が二人の間に漂っていて、少しうらやましくもありました。

 非農家出身の若者が農業を志向するケースが増えていると前回述べましたが、なぜそうなるのか私自身にも分かりませんでした。私が就農した三十数年前は、若者の多くは農業から離れるのが流れでした。その潮流が今、変わろうとしているわけです。

 研修生が訪ねて来るたび、私は「君はなぜ、農業をしたいと思うようになったの?」と聞きます。すると彼らは一様に困ったような表情をします。一生懸命考えていろいろ理由を言いますが、どうも決定的なものはないようで、いつの間にか農業というものが心の中に芽生えていて、気がついたら大きく育っていた、という感じです。

 なぜそういうことになるのでしょうか。私には、今という時代がそうさせているとしか考えられません。彼らは環境や命が脅かされようとしているこの時代の空気をいっぱいに吸って育ってきていますから、遺伝子のどこかが刺激され本能的に防衛しようとしているのではないか、と。

 植物の受粉は、大きく分けて、自分の花粉で受粉する「自家受粉」と、虫や風などの力を借りて他の個体の花粉で受粉する「他家受粉」があります。安定した環境の下では、親の遺伝子を受け継ぐ自家受粉の方がリスクが少なく無駄なエネルギーを必要としません。

 一方、環境が激変する可能性があるときは、親と同じ遺伝子では全滅する恐れがあるので、他の遺伝子を取り入れられる他家受粉の方が、いろんな可能性を秘めた分、有利に働く。植物によっては両方使い分ける優れものもあるそうです。

 これをそのまま農業にあてはめるのは、少し無理があるかもしれません。でも、農業も環境も変動しようとしているこの時期に、新たに農業を目指そうとしている若者が出てきているのは、いわば農の世界での他家受粉が起きている、ということではないでしょうか。

 彼らを農業をかく乱する異端児とみるか、新しい可能性を生み出す宝とみるか、受け止め方はさまざま。後者の私は、冒頭のM君にこう言いました。

 「変人というのは変わり者ということではなく、世の中を変える力を持っている人という意味だよ」。M君はわが意を得たりと、しっかりメモして帰っていきました。 (福岡県筑紫野市「むすび庵」庵主)

=2010/04/25付 西日本新聞朝刊=

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