2008年12月16日

食卓シリーズ・第12部 価格の向こう側<1>底値買い その食卓は豊かですか

 ■食卓シリーズ 第12部■
 携帯電話で、あるサイトを開く。「チリ産サケ一切れ77円」。小さな画面の中でズームアップされたのは、現在地に近いAスーパーの折り込みチラシ画像。自宅近くのBスーパーも検索した。「チリ産サケ一切れ98円」。あっという間に、価格差が分かった。
 今、スーパーの安売り価格をパソコンや携帯サイトで比較する人が増えている。自宅にチラシが入らない外出先、勤務先付近の特売情報も見逃さず、少しでも安く買おうという狙いだ。
 電子チラシサイトの先駆け「Shufoo!(シュフー)」は、1カ月間の閲覧数が4年前の約8倍の約5200万件に急増。今年11月からは、携帯での情報提供も始めた。「いつでもどこでも“底値”を知りたいという声は、以前から寄せられていました」と運営する凸版印刷の広報。
 そして、そこにまた、小売店が食い付く。
 「他店のチラシより高ければ、同額まで値引きします」。福岡県を中心にスーパー「サニー」などを展開する西友は今月、「地域最安」戦略を全国で始めた。
 一円でも安く-。買う側も売る側も、血眼で「価格」を追っている。

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 広告会社「アサツーディ・ケイ」(東京)が、10年前から続ける首都圏の食卓調査「食DRIVE」。1960年以降生まれの主婦を対象に、一週間の献立、その献立にした理由などを詳細にインタビューしている。今年は、こんな声が目立った。
 「値上げ? うちは大丈夫。ちゃんと安い店を見つけましたから」
 多くは「ごく普通の家庭」だが、裕福な家庭にも業務用スーパーや99円均一の店は人気だ。
 「彼女たちの『節約』は、ひと昔前の常識とはだいぶ違っています」
 調査した同社200Xファミリーデザイン室の室長岩村暢子(55)は苦笑する。総菜や冷凍食品などが値上がりしても、素材から手作りして節約するのではなく、より安い品を探して1回ずつの食費を切り詰めていく。
 「それが『賢い技』という感覚だから、みんなうれしそうに話す。現実の食卓を見たら納得すると思いますよ」

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ある家庭の食事。上から朝食
 ある主婦(36)は、夫(33)と小学生2人の4人家族。休日の朝は食パン。昼は「昼寝していたので、子どもたちに買ってきてもらった」総菜パン。夜は外出の帰りにスーパーで買ったたこ焼きや揚げ物だった。  インスタントのラーメンや焼きそば、冷凍ミートボールや空揚げ、持ち帰り弁当、菓子パンとジュース…。延べ231世帯、計4851食卓の調査で、素材から手作りする食卓は年々少なくなっている。  岩村は振り返る。  「私の子ども時代はまだ、肉も卵も量り売り。値段に見合う品質か見定め、必要な分だけ量って買う時代でした」  上肉が高くなれば、量を減らしたり、並肉に替えて調理を工夫した。それが節約の技だった。変わって今は、加工食品を中心とするパック買いの時代。チェックするのは、パックの単価だけ。値上がりを吸収するため、中身が低質化、少量化していても気づけない。  「安い物を見つけて賢く食費を削ったつもりが、口に入れるものは知らぬ間に“貧しく”なっていた…。今の食卓では、そんなことが起こり得ます」


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グラフ
 「食品値上げ、家計は悲鳴」-。今年はそんな報道が相次いだ。調味料や油、小麦、乳製品、生鮮食品など、あれもこれもが値上がりしたから、痛手だったのは間違いない。だが、多くの人にとって、本当に日常の食事に事欠くほど切迫していただろうか。  例えば、主食の食べ方。今、一世帯が1年間に買う米代は、菓子代の半分以下(総務省家計調査)しかない。パン代を加えても足りないほどだから、菓子の存在は“主食級”だ。菓子代が米代を超えたのは、21年前の1987年。今の大学生は、米より菓子に食費を充てる家庭で育ってきたことになる。  その菓子代を、さらに上回るのが、一世帯が使う携帯電話代だ。  「食費4万円は高いと思うけど、家族の携帯代4万円は減らせない」「食事は抜いてもお菓子は食べちゃう」「素材から手作りすると高くつくから、安い出来合いを買います」-。  岩村たちの食卓調査でも、ためらいもなくそんなコメントが語られる。節約する目的は、トップが家族レジャー。そして、洋服、自分や子どもの習い事、通信費、インテリアなどが続く。  「そうした『減らせないもの』の出費に押されて、食費は底値買いで削られていく」(岩村)  今、そんな「家計の都合」を背景に、生鮮食品までが、まるで家電製品かのような激しい底値競争に巻き込まれている。  「その構図が、正直な生産者やメーカーを追い詰め、ますます偽装を生みやすくするんじゃないかしら」  現代家族の食卓から見える「日本の行く末」を、岩村は危惧(きぐ)している。


   ◇   ◇

 世界的な経済不況の中で迷走するニッポン。家計が厳しさを増すなか、量販店では安値合戦が繰り広げられていますが、果たしてそれは私たちの暮らしを本当に豊かにするのでしょうか。食卓の向こう側第12部「価格の向こう側」では、モノの価値と、地に足のついた生活防衛術について考えます。
 (敬称略)

■食卓シリーズ 第12部 価格の向こう側
(2008/12/16~12/25掲載)
1. 底値買い その食卓は豊かですか
2. 中身 見た目では分からない
3. 消費者感覚 一杯分のお米はいくら
4. 過剰摂取 安くたっぷり使いたい
5. 独自ブランド 激戦行き着く先はどこ
6. 物価の優等生 ほころび始めた大前提
7. 力関係 水よりも牛乳が安い訳
8. 自然流 「旬」と相場は作り手で
9. 山里の挑戦 米を食べて暮らし守る
10.記者ノート 生活守る具体的な技を

■食卓の向こう側第12部 価格の向こう側
第12部 携帯電話代やレジャー費、菓子代など、そうした「家計から減らせないもの」の出費に押されて底値買いで削られていく食費。「家計の都合」を背景に、生鮮食品までが、まるで家電製品かのような激しい底値競争に巻き込まれています。
 その構図が、正直な生産者やメーカーを追い詰め、ますます偽装を生みやすくするのではないだろうか。本書は、そんな疑問を提示することからスタートした連載「価格の向こう側」(2008年12月16日―25日、09年2月17日―25日)を中心に、連載の内容をテーマにしたシンポジウムの詳報、取材班に寄せられた読者の声や関連資料を収録し、再構成しました。モノの価値と、地に足のついた生活防衛術について考えます。

A5判(ブックレット)、96ページ、
定価500円。
(★詳細はこちら

◎食卓第12部・ブックレット
~価格の向こう側~
1. 底値買い
「値上げ? うちは大丈夫。ちゃんと安い店を見つけましたから」
2. 中身
「そこまで追い込んだのは誰なんだ」
3. 消費者感覚
食べ物を作る人が「食えない」現実がある。
4. 過剰摂取
「『安いのをたっぷり』が現代人の病気のもと」
5. プライベートブランド
「目先のうまみは大きいが、自分の首を絞めることになるんじゃ…」
6. 物価の優等生
卵の価格は、五十年前より安い
7. 力関係
「流通と生産の力関係は九七対三。全く勝負にならない」
8. 自然流
もうけ主義に走ったことへの罪悪感も重なり、平田はハウス栽培をやめた
9. ウインウイン
「米、作り続けてよかったさ」
10. 記者ノート
何を買い、どんな食べ方をするか

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〒810‐8721、西日本新聞社編集企画委員会「食 くらし」取材班へ。
ファクスは092(711)5004。メールはshoku@nishinippon.co.jp

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